光の影
もう何日経ったのか。
どうして私はこんな目に遭っているのか。
教会がスラムの人間を攫い人体実験をしていたという噂は本当だったのか。
今が朝か夜か。それとも昼なのか。
時間の感覚も、何もかもが分からない。
私はずっと動物のように、狭い檻に閉じ込められていた。
日に一度、白衣の男が二人組で現れては腕に注射針を刺しにきて、死と隣り合わせの恐怖を無理やり味合わされては意識を失う。
生き地獄としか言いようのない日々が、ただ繰り返し、繰り返し、やってくるだけ。
十畳ほどの部屋には他にもいくつか檻があった。
そのなかには私と同じように、人間が閉じ込められている。
そして例に漏れず訳の分からない薬を投与され、苦しげにのたうち回っているのだ。
軽い食事は運ばれてくる。
だけど絶対に手はつけない。そんな抵抗に意味がないことは分かっている。
だけど私は決して奴らに飼われているわけではないと示したかった。
私が死ぬときは
あなたのなかがいい
遠く離れてしまっても
心はあなたのなかがい い
ダーリンそのときは
私を思いだして思いだして
形を声を味を
きっと思いだしてねダーリン
どこかで聞いた歌。
…………そうだ。
あの宝石の夜だ。
意識が浮上したときにラジオから流れていた曲。
誰の歌だったんだろう。
路上で生活していたときは空腹を。今はうっかり折れてしまいそうな心を紛らわせるため、何度も何度も、歌う。
どうしてその歌だったのかは分からない。
口を開いたらそれだった。
歌詞を紡ぐたび、ひび割れた唇がピリッと痛む。
だけど止められなかった。
声は、ほとんどでていなかった。
か細く、途切れ途切れ。
檻に背中をぐったりと預けて歌う私の視界には、白衣の男たちが別の檻にいる人間に薬を投与しているのか。
その後ろ姿だけがぼんやりと映っている。
部屋のなかに苦痛が響いたのは、すぐ。檻にいた男が咆哮のような声をあげ、暴れはじめた。
髪を引き抜き、皮膚を掻きむしる。
バリバリと痛々しい音がするほどだ。きっと血がでているだろう。
体を鉄の檻にぶつけてのたうち回っている。
「中和剤を、」
「いや待て。もう少し見てみよう」
白衣の男が一人、立ち上がる。
男は息もできないといった様子で「頼む、頼む」と、懇願を繰り返す。
中和剤を、なのか。殺してくれ、なのか。
横に並んで立っている二人は動かない。
と、ぷつりと糸が切れたみいに静寂がやってきた。
「駄目だな。前回と変わらない」
一人が溜め息を吐きながら首を横に振る。
「仕方ない。始末させよう」
もう一人が淡々とした声でそう言い、その場にしゃがみ込む。すると後の一人が遅れてそれに倣う。
そうして二人がかりで男を運びだしていく。
白目を剥き、泡を吹く、痩せた体を乱雑に。
元々は図体のデカイ男だったのだろう。大きな骨組みだけを残して、肉という肉がそげ落ちている。
その体を、まるで軽い荷物かのように引きずっていったのだ。
あれだけ掻きむしっていたのに、その体には傷一つなく、むしろ肌は綺麗なものだった。
私は歌を口ずさみ続ける。
扉の開閉音が紛れ込んだ。
「こちらが先週のデータです」
「ああ」
また別の男たちがやって来た。
カツ、カツ、カツ、と。この場所に来てから初めて耳にする、踵をゆっくりと鳴らす音が鳴り渡る。
それが途切れ途切れの歌、その合間に鳴る。
ピタリ。音が止んだ。
「どうかされましたか?」
「いや、……この歌は、」
「歌?……ああ、その手前にいる被検体ですね」
さっきとは違う。少し早いリズムで踵が鳴って。
そして視界を遮ったのは、高級そうなベルベッドのスリーピース。
「君は…………」
はっきりとは見えないが、赤みがかった髪は綺麗に整えられている気がする。
なまじ整った顔が一瞬、両目を見開き、固まったように私を凝視しし続けている。
特別気にすることじゃない。歌う。
「──────開けろ」
聞き間違いだろうか。怒りをぐっと堪えた、けれど硬い声がぽつりと落ちた。
「え?」
側に立っていた白衣の男が虚をつかれたような音を洩らす。
「彼女を連れて帰る」
「そ、それはどういう……」
白い明かりの下。
髪と同じ色をした瞳には鋭い光があって、憐れみを滲ませながらも視線は逸れない。
スーツ姿の青年がうわ言のように溢す。
「彼女は違う。被検体じゃない」
「いやしかしニクス様……!」
「いいから出せ。責任は私がとる」




