暗転
私は怪訝に眉を顰めた。
暗い赤とピンクのネオンが、崩れかの建物と建物の隙間から溢れ、線の細い体を縁どっている。
顔はここからだとよく見えない。
一瞬、金糸が脳裏を過ぎった。
だけど、背が高い。同じ修道服を着ただけの別人だとすぐに分かる。
夜の腹のなかで、自分の瞳がたった一つの答えを映しだしている。
青年は、何も言わない。ただ黙ったままだ。その場所から動こうともしない。
……嫌な感じ。
教会の人間だということだけで身構えてしまうのに、得体の知れない薄気味悪さのほうが勝る。
本能が、何かよくないものだと告げているのだ。
一歩。
右足から後退した。
視線はぎりぎりまで相手から外さない。
ゆっくりと後退していく。
そして一気に後ろを振り返り、店までの道を戻る!
土を蹴りあげる音がした。
──────瞬間、背後から腰を掴まれていた。
「っ!」
腹に回った腕を振り払おうと体を捩る。
と、すぐに反対の手が持っていた布で鼻と口を覆ってくる。
鼻奥を突く独特の臭い。
抵抗する暇はなかった。
それよりも早く、目の前が真っ暗になったから。
◇
◇
◇
「どうだ、反応は?」
「まだありません」
「そうか。ならもう一目盛り増やそう」
温い水面のなかを揺蕩うような感覚だった。
その意識の外側で、男たちの話し声がくぐもって聞こえてくる。
気持ちがいいのか、悪いのか。そのどちらでもなかった。
ただ、腕にチクッとした痛みを感じて瞼を開いた。
すると薄らとした白い明かりの下、白衣を着た男が注射針を私の腕から引き抜いている。
「何してるの!?」
腕を自身の方へ引き寄せた。
その直後、冷たいものが導火線みたいにぶわっと全身を駆け巡った。それは血管を押し広げ、一気に流れ込む。脳を鷲掴み、呼吸さえ奪っていく。
ドクドクドクドク! と、心臓が膨張し破裂しそうな勢いで暴れ狂い、視界がぐにゃりと歪みだす。
寒い。強烈な寒さだ。
歯がカチカチと小刻みに音をたてる。
震えが止まらない、それどころか酷くなるばかりの腕で両肩をなんとか抱き、体を丸めようと試みる。
それなのに、全身の毛穴からは嫌な汗が吹きでてくる。
指先が、足が、激しく痙攣しはじめた。
皮膚のすぐ下を、無数の虫が這いずりまわっているようなおぞましさだ。
──────死ぬ。
頭に浮かんだ二文字に、恐怖で頭が真っ白になる。
怖い……!怖い…………っ!
体がひと際大きく跳ね、鉄の檻から背中が浮いた。
「駄目だ。暴れだした」
「中和剤を」
冷静な声が、何の温度もない音が二つ。特に慌てる様子もなく、視界の端で動く。
白衣の男たちが左右から私の体を押さえつけ、右腕を引っ張る。そしてまた、注射針を刺された。
それから数秒後、いくぶんか寒さが和らいだと思った瞬間、すとんと底が抜け、落ちるような感覚と共に重たい闇が訪れたのだった。




