お守り
第一印象は最悪だったと思う。
知らない相手から開口いちばんに「馬鹿なの?」と、嫌悪感を隠すこともなくそのまま言葉にしたのだから。
いくら私の機嫌が最悪だったとしても、上の人間にそんな態度をとれば、ネズミに噛まれるようなものだもの。普通、殺されてもしかたがなかった。
けれど暗闇のなかから頼りない明かりの下にでてきた青年は、微笑を浮かべていた。
こうして近くではっきりと見れば見るほど、身なりは整えられていて、背が高く手足も長い。纏っている空気が私たちとは全然違う。
だけど私とそう年齢は変わらなさそうだ。
「そういう君は? 女性がひとりだなんて、私よりもよほど良い餌じゃないか」
少しだけ低く硬い声には嫌味がなかった。私は鼻で笑う。
「悪いけど、私はここで暮らしてるの」
「君が?」
意外だとでもいうように、青年の目が一瞬丸くなる。
けれどすぐに緩く頭を左右に振り、「人を見た目で判断するのは良くないな」ぽつりと呟き、また私を見据えてきた。
「すまない、礼がまだだったな。助けてくれてどうもありがとう。しつこくて相手に困っていたところだったんだ」
柔和な笑みを、私は半眼で見つめる。
絶対に騙されたりするもんですか。
「あ、そ。ただ邪魔だったから声をかけただけよ。それじゃあ」
時間を無駄に使う必要はない。
早々とその場を立ち去ろうと、青年の横を通り過ぎようとした。
その背中に声がかかった。
「待ってくれ」
まだ何かあるの?
正直に言えばこれ以上関わりたくないんだけど。
うんざりした気持ちで溜め息をつき、不機嫌に振り返る。
すると青年は、さっきまで私が立っていた場所に腰を屈め、地面から何かを拾いあげていた。
それから一歩、二歩と歩み寄ってきて、それを眼前に差しだしてきた。
「これは、君のか?」
手の平の上には、カエラムから押しつけられたお守りが、薄い光を纏っている。
さっき常連客がぶつかってきたときに落としたのかもしれない。ずっと握っていたのに気付かなかった。
気付かないままのほうがよかった。余計なことをしてくれたわね。
「……そうだけど」
私のじゃないって、嘘をつけばよかった。
だけど青年が神妙な面持ちでそれを見つめているのが気になって、とっさには出てこなかった。
「何? 欲しいならあげるけど」
「………………」
何の反応もない。
私は眉間に皺を寄せる。
「もしかして、お礼を言ってほしいの?」
はぁぁ。と、お腹の底から息を吐きだす。わざとらしく畏まって、頭を下げようとしたとき──────
「これを、どこで?」
視線が私を捉えた。
「どこでって、押しつけられたの。教会の人間に」
「………………」
「何なの」
「いや、すまない。それなら大事にしまっておく方がいい。できれば、誰の目にも触れない場所に」
「どうして」
「その方が、君の願いが叶いそうな気がするだけさ」
苦笑しながら私の方へと伸ばされた手を睨む。
この人は、これがお守りだと知っている。
カエラムは教会でときどき配っていると言っていたけれど、上の人間には見慣れた物なの?
ただ、私は青年の言葉に冷めた気持ちになった。
こんな物ひとつで願いが叶うなら、誰も苦労しない。死んだ街などと呼ばれる場所さえ存在していないだろう。
お金も自由も持っている人間は、明日どう生きるかなんて考える必要がないから夢を見るんだ。
奪い取るようにそれを掻っ攫い、私は今度こそ、その場を後にした。
気分は益々、最悪だった。
それでも外壁が剥がれ落ちた廃墟のようなアパートが見えたとき、懐かしい人に会ったみたいな、ようやく帰って来られたという安堵から、少しだけ強張った体から気が抜けていくのが分かった。
路地には生きているのか死んでいるのか分からない人たちが横たわっている。
その間を縫うように歩き、アパートの階段を上っていく。
と、部屋の前で私を待っていた人がいた。




