第7話 造られた悪
『おに』の語源は『おぬ(隠)』——つまり、姿の見えないものや、この世ならざるものを指す。
人は夜道の暗がりを恐れる。誰もいないと分かっていても、まるで、恐ろしい何かがいるかのように。
傍らの藪が不意に揺れると、人は恐怖に立ち止まる。何もいないことを確認しても、何かがいたかのように家路を急ぐ。
そこには確かに、何者も存在しなかったのか。
この問いの答えは、人間にとって『真』であり、私たちにとっては『偽』だ。
この世ならざる不可視の存在は実在する。
例えばそれは、終わったはずの物語。
もう存在しないはずの何者か。かつての英雄。旅を終えた主人公。
つまり、この世界に語られなかった者たちだ。
* * *
まず、鬼ヶ島の存在を告げた男の言葉について。
『ずっと遠い海の果てに鬼ヶ島があった。そこには悪い鬼が住んでいて、あちこちから奪った宝を守っている』
この鬼ヶ島を実際に見たとして、なぜ悪い鬼が住んでいることが、奪われた宝があることがわかったのか。
本当に悪い鬼がいるならば、それがこれまで見つからずに存在し続けていたなら、鬼の存在を知った男は口封じに殺されて然るべき。宝を見たならなおのこと。
しかし、男は生きて村まで帰った。
そして伝えた。見たはずのないものを。
男の言葉の真相。それは至って簡単なものだ。
* * *
鬼ヶ島へ上陸した私たちは、黒鉄の門の前に立ってこれを見上げた。犬が隙間を覗き込み、「閂はされてない」とこちらを向く。
「不用心だな」
心底呆れた様子で、しかしわかりきっていたとばかりに続ける。雉が私の肩に乗り、「桃太郎」と囁いた。
「僕たちだけで行ってこようか?」
犬と猿がその問いに同調するかのように私を見上げる。「なぜ、そのようなことを?」と私が薄く笑うのは、もしかしたら、もう少しこの場所で躊躇っていたいからかもしれない。
「君にとって、これは、仲間殺しのようなものだからだよ」
雉はいつかの犬と同じことを言い始める。
——そう。これは帳尻合わせ。終わらなかったものたちを終わらせる旅を英雄譚に担わせた、言わば合理的判断だ。
「……私は、鬼退治の英雄になるために生まれた『桃太郎』だ」
「そうだね」
「鬼退治は私の使命であり、存在証明だ」
「だったら、僕たちが鬼を退治して、君がやったことにすればいい。どうせ誰も見てないのだから、語られた物語が真実になる」
雉の言うことは正しい。結局、『真実』とは、真実であると認められた事象の総称だ。
鬼ヶ島の存在を告げた男の言葉は真実。
例え、『悪い鬼』も『奪った宝』も、単に彼がおどろおどろしい島の造形を前に想像した恐怖に過ぎずとも。
そしてそれは、英雄譚も同じこと。
「……そうもいかないだろう」
私は一歩踏み出し、腰の刀を抜いた。ここまで一度も出番のなかった刀身には傷ひとつない。
「刃こぼれの一つもないと、流石に疑われる」
そう言って門に手をつく私の中に、彼らが想像するような仲間殺しの悲しみはない。
あるのは憐憫だけだ。
終わりへの恐怖。
永続への憧れ。
自己実現への希望。
その手の幻想に突き動かされ、物語の終わりを見失ってしまった者たちへの。
『それからもずっと幸せに暮らしました』
『村には平和が訪れました』
『めでたし、めでたし』
こんな言葉で締め括られる幸福の頂で、私たちは終わるべきだ。
——彼らは終わるべきだった。




