第5話 かつて、彼らとの旅路
雉が異国の騎士のようなお辞儀をしたのは、前回の彼が異国の騎士だったからだ。
その時、私はどこぞの国の末端の王子で、犬は町一番の荒くれ者で、猿は人気の踊り子だった。桃源郷は、その地の文化に合わせた別の名で呼ばれていた。
私が遣わされた目的は、辺境の村を襲う大蛇を倒して英雄伝説を作るため。
私は騎士と共に城を出た。
近くの町に出たところで荒くれ者が合流した。
「王子様とは、また随分とお上品なとこに配置されたな」
彼は私を見るや否やそう言って、どこか困ったような笑みを浮かべた。
「何か問題が?」
「問題って言うほどじゃないけどよ、王家って、家族みんなで集まって飯を食ったりしないんだろ?」
「? 国王は政務の関係で、一人で食事を取ることが多いが、他は割と集まっている」
「でも、ワイワイしないんだろ?」
「ワイワイ?」
「今日あったことを話したり、美味い肉を取り合って喧嘩したり」
「各々の予定は使用人から伝えられる。肉に不足はない」
私の返答に、彼は微風のような声で「そうか」と言って、
「次は、ワイワイできる家に生まれられるといいな」
そう続けた彼はいやに静かで示唆的で、私はただ、彼らしくないとだけ思った。
* * *
平原を歩いていると陽が傾き出し、海辺に着く頃にはすっかり夜が満ちていた。
「ハハッ、ほんと、笑っちまうよな」
犬がそう言ったのは、浜辺に一隻の舟が繋いであったからだ。全くもって人気のない、まるでこの国の誰もこの場所を見つけていないような静かな景色に。
「まさに『仕組まれた英雄譚』だ。こんなもんを信じて安堵するなんて、人間は本当、見たいものしか見ない生き物だな」
彼の嘲笑をはらむ軽口に、私は何も応えない。猿も、雉も。いつも「何か言えよ」と急かす犬はしかし、何ら異を唱えない。
沈黙が流れた。私は星々の光を反射する大海原を望む。
「今夜はここで休んで、陽が登ってから鬼ヶ島へ向かおう」
言うと、犬が怪訝そうに片眉を上げた。猿がパアッと表情を明るくして、雉が「ふむ」と言って胸の前で両翼を組む。(人間で言うところの腕組みの状態だが、普通、翼でこれをできるものなのか)
「じゃあ、俺は晩飯の材料でも獲ってくるかな」
犬が言って歩き出し、それを見た猿が、
「あたしも! 桃太郎のために美味しいもの取ってきてあげるね!」
にっこり笑い、犬の背に乗る。犬が「おい」と眉を顰め、
「何してんだよ、降りろ」
「あんたも森に行くんでしょ? 乗せてきなさいよ」
「何でだよ。俺はお前の乗り物じゃない」
「いいじゃない。どうせ向かう先は同じなんだから」
「重くて背骨が折れそうだ」
「ちょっ、あんたっ、女の子に向かって何てこと言うのよ!」
二匹は言い合いをしながら向こうの森へ。彼らの声が夜の静寂に消えて、私と雉は漣の音を背に互いを見やる。
「相変わらずだね、あの二人は」
雉が翼の先を顔の横にやり、やれやれと言った具合に首を振る。
(再会から今に至るまで、彼の仕草は終始異国の騎士のそれだが、見た目が雉であるがゆえの違和感がものすごい)
「君はどうする?」
「火でも起こしながら、彼らを待つ」
「そうかい。できればその役目を代わってやりたいんだけど、あいにく、今の僕の手はこれでね」
雉ががっかりした様子で翼を広げる。確かに、これで火打ち石を持つのは不可能だ。
「問題ない。火起こしなどすぐに終わる」
私は周囲に乾いた流木を探しながら応え、
「僕の記憶が正しければ、前回の君は火起こしなんてできなかったはずだけど……どこかで教わったのかい?」
雉が森を振り返りながら尋ねる。私はしばし考え、
「……お婆さんが、教えてくれた」
答えると、雉は少しの沈黙を置いて、「そうかい」と囁いた。
「そうか、そうか……」
よく咀嚼するように何度も繰り返してから、「では、僕も食料調達に行くことにするよ」と言って翼を広げた。一気に夜空へ飛び上がる。
「雉は……そんな風に飛ぶ鳥ではないと、思うが……」
私が溢した呟きは、漣の音に溶けて消えた。
* * *
火打ち石は、媼がきび団子の袋に入れてくれていた。それで流木に火をつけ、砂浜の片隅で焚き火がしっかり燃え始めても、三匹が帰ってくる気配はない。
暇を持て余した私は砂浜を歩き、大きめの流木を見つけて戻った。三匹が並んで座るのにちょうどいい大きさのそれを、焚き火の横に置く。
それからまた歩き出し、人間一人が座るのにちょうど良さそうな岩を抱えて戻ると、「桃太郎、いた!」と猿が流木の上で跳ねた。
「犬は一緒ではないのか?」
「森で別れてそれっきり。あいつ、急に走り出してあたしを落として行ったのよ」
「それは……お前、怪我はなかったか?」
猿がぱあっと表情を明るくして「ない!」と元気よく答える。それから隣に置いていた大きな葉の包みを開き、こちらへ差し出した。
「木苺を見つけて来たわ。桃太郎、一緒に食べましょう」
言われた私は彼女の隣へ腰掛ける。猿は微かに目を見開き、それからふっと笑って木苺を一つ摘み、私の方へ。
「はい、桃太郎。あーん」
手本とばかりに口を大きく開けて見せる。私は彼女の口の中に鋭い犬歯を認め、ふと、翁のことを思い出した。
『ほら、桃太郎。口を開けてみな』
私がまだ、彼に抱えられるほど小さかった頃だ。彼はつきたての餅を小さくちぎって言うと、私が開けた口にそれをひょいと放り込んだ。
『美味いか?』と言って笑った彼が、媼に『こんな小さい子に餅なんか食わせて、喉に詰まらせたらどうすんだい!』と怒られたことは言うまでもない。
私は口を開き、猿がそこへ木苺を入れた。咀嚼すると、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
「美味しい?」
私は「ああ」と答える。猿は「そう」と言うと少しだけ目を伏せて、それから夜の海を望む。
「鬼退治が終わったら、あなたはどうするの?」
そして、わかりきった——決まりきったことを尋ねる。
「村へ戻る」
「その後は?」
「村人に鬼がいなくなったことを知らしめ、桃源郷へ戻る」
「……その後は?」
「次にまた、英雄が必要になる時を待つ」
猿はしばらく沈黙すると、ふと私を見つめ、
「あなたは、それでいいの?」
まっすぐに投げかけられた問いに、私は答えることができない。
いいも悪いもない。英雄とはそういうものだから。
英雄は英雄として存在するために存在し、その後の物語など、必要ない。




