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第3話 英雄のための英雄譚 ②

 老夫婦と暮らす村を出てしばらく。

 大きな山を登りきったところで、草むらから「ワンワン」と声がした。薄汚れた野良犬が姿を表す。


「お前、まさか……」


 呆気に取られた私が独りごちる間に犬は近づき、私の腰にぶら下がったきび団子の袋を「ふんふん」と鼻を鳴らして嗅ぎ始めた。

 それから「へっへっ」と舌を出してこちらを見上げる。


「嘘だろ……」


 私はまた独りごち、額に手を当てて空を仰いだ。白々しいほどすっきりとした晴天が、世界の果てまで続いている。


 考えることしばらく。考えたところで事態は変わらないと気づき、袋から団子を一つ出して犬にくれてやる。


 犬は「モチャモチャ」と音を立ててそれを食べ、


「久しぶりだな、()()()


 わざわざ私の()()()を強調して言い、「もう一個くれや」と前足を上げた。


「……()()()()()


 私は団子をもう一つ取り出しながら尋ね、


「おうよ」


 犬は「モチャモチャ」しながら平然と答える。私はまた空を仰いだ。


「お供が動物とか、締まらないにも程があるだろう」


 私の苦言に、犬が「そうかい?」と言って首を傾げ、それから「くそっ、挟まった」と呟き、前足で口元を擦る。


「どこぞの坊主は、猿と猪と河童をお供に旅したらしいぜ」

「件の供は皆、動物を模した人の姿だっただろう。お前はただの犬だ」

「身軽でいいだろ」

「しかも、私はどこぞに届け物をするわけではない。今回は鬼退治だ」


 犬が「へえ」と前足を舐めながら相槌を打ち、「そりゃあ、また()()()()」とこちらを見上げる。

 彼の言う『難儀』は、私の心境についてだろう。


「……難儀と言うほどでもない」

「そうかぁ? 相手が鬼なんじゃ、お前さんにとっては仲間殺しみたいなもんだろ」

「全然違う」


 私が腕組みをして答えると、犬は「ふうん」と言って立ち上がり、「それじゃ、行こうぜ」と歩き出した。


 つまり、私たちは今この時に出会ったわけではない。


 英雄には仲間がつきもので、彼は前回も、その前も、はたまたその前も私の供だった。

 桃源郷が世界に配置した、英雄譚のための装置だ。


「ところで、私はお前を何と呼べばいい?」

「好きに呼んでくれていいぜ」

「じゃあ『犬』で」

「……ひねり皆無かよ」


 犬が呆れた調子でため息をつく。私と並んで歩き、下り坂に差し掛かったところで「ああ、そうだ」と何かを思いついた調子で言い、こちらを見上げてニヤリと笑った。


「なあ、どうして俺が()()()()()()()()を知ってたと思う?」


 心底どうでもいい問いだ。私はそう思うのを包み隠さず、「さあ」とだけ返事をする。それで話を終わらせようと思ったが、


「『鬼ヶ島へ、鬼征伐へ行こうと思いますっ』」


 犬は急に裏声で、私のセリフを口にした。なぜかクネクネと体を揺らす。


「……おい、犬」

「『大丈夫ですよっ、お婆さん。絶対に帰って来ますからぁん』」

「私はそんな言い方、していない」

「『私はっ、怪我などしませんっ!』」

「やめろ」


 犬が「へへっ」と笑い、「見てたぜぇ」と続ける。


「随分といい子ちゃんやってたじゃねえか」

「『いい子ちゃん』ではない。英雄に相応しい人格を演じていただけだ」

「前回はそんなことしてなかっただろ」

「それを鑑み、今回はより円滑に事が進む方法を考えたのみ」

「俺らにはつっけんどんしてるくせによぉ」


 足元に転がる枝を飛び越え、ふと笑みを消して「居心地がよかったのか?」静かな声で尋ねる。


「孝行息子を演じたくなるほど」


 彼はいつもこうだ。前回も、前々回も。心底どうでもいい問いばかりを並べ、旅に一瞬の沈黙も与えない。


「居心地も何もない。私はただ、やるべきことを成すだけだ」


 そう。これは英雄譚だ。

 私たちの旅は私たちのためではなく、『英雄』を求める者のためにある。

 ゆえに私は、ただ粛々と工程を進めるのみ。


「……そうか」


 私の答えに、犬はどこか諦めた様子で呟いた。

 これもまた、前の旅路と変わらない。



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