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第2話 まず、桃について

 私は桃から生まれていない。

 なぜなら、普通の人間は桃から生まれないものだからだ。

 だが、私の生まれについて語る上で、この説明は十分ではない。

 なぜなら、私は人間ではないからだ。


 では、私は何者か。

 世界に実存する存在——草木や動物、石や土、川、山、空、海——これを表す言葉に、私を正確に表すものは存在しない。

 言うなれば概念、あるいは夢想。


 私は最初から英雄だった。


 * * *


 (おうな)が川で拾ったのは桃ではなかった。

 もっと言うなら、彼女は川で何も拾わなかった。

 いつも通りに洗濯をして、いつも通りに立ち上がり、いつも通りの帰路へ着いた。


 (おきな)も同じだ。いつも通りに山で芝刈りをして、いつも通り、芝を背負って家へ帰った。


 真っ赤な太陽が燃える、黄昏時。


「婆さん、今帰ったよ」


 翁は言って、家へ入った。


「おや、お爺さん、おかえんなさい」


 媼が応える。

 橙色の夕日が差す家の中には、そこかしこにじっとりとした濃い陰が落ちている。

 私はそこにいた。


「ドンブラコッコ、スッコッコ」


 私が歌うと、媼が呼応するように「あっちの水は、からーいぞ」と歌い始めた。


「ドンブラコッコ、スッコッコ」


 私が続け、翁が「こっちの水は、あまーいぞ」と加わる。


「からーい水は、よけて来い。あまーい水に、よって来い」


 二人が歌う合間を縫って、私はその口に桃をちぎって放り込んだ。桃源郷の桃畑に生っている、物語を始めるための桃だ。


 それから私が「おぎゃあ、おぎゃあ」と鳴いて見せれば、あとはよく聞く物語の通り。


 驚いた老夫婦が「おやおや、まあまあ」と声を合わせ、それから媼が大層幸せそうに笑う。


「アタシらが子供が欲しいとずっと言っていたものですから、神様が授けてくださったのかねぇ」


 私はそれを内心で否定する。

 彼らが考えるような神は存在しない。桃源郷は楽園などではなく、私はここまで徒歩で来た。


「そうだわぁ、お爺さん、早くこの子を産湯に入れてやらんと」

「おお、そうだそうだ。ワシが用意するから、お前さんはこの子を抱いといてやっとくれ」

「わかりました」


 私は媼に抱き上げられた。皺だらけの顔が近くに来て、まるで奇跡でも目の当たりにするように目を細める。


 その幸福に満ちた表情に、私は後ろめたさのような、どうにも彼女を直視できない感覚を抱いた。だから「うん」と言ってその頬に手をぶつけた。


「あれまあ、何と元気のいい子だろうね」


 しかし、私の意図に反して、媼はより幸福そうに笑うのだった。


 私は桃から生まれていない。

 それでも彼らが私に『桃太郎』という名を与えたのは、上塗りされた記憶の片隅に生じた不具合によるものだろう。


 * * *


 桃源郷は装置のようなものだ。

 英雄、救世主、預言者、正義や悪——それら概念を生み出すための。


 桃源郷に神はいない。ただ、意思は存在する。


「גיבור、時間だ」


 私はそこで声を聞いた。

 声は私の名を呼び、その役目を再実行するよう求めた。


「前回より早くないか?」


 私の問いに、


「英雄の()()()が必要だ」


 声はわかりきったことを告げる。


「だからお前は私を呼んだ。それは知っている。私が尋ねたのは、その必要頻度についてだ」

「世界は常に変化する」

「私はその『変化』の話をしている」

「גיבור、世界は今、君を求めている」

「…………」


 私が知っていることといえば、私が成すべきことと、桃源郷の意思は話が通じないということくらいだ。


 斯くして、私は『英雄』として世界に現れ、『英雄』の実行の途上にある。


 つまり、私は悪を滅ぼすために存在するということだ。



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