第1話 英雄のための英雄譚 ①
「鬼ヶ島へ、鬼征伐へ行こうと思います」
翁にそう言い切る私はしかし、『征伐』などという大層なことをするつもりはない。
これは茶番だ。あるいは予定調和と言うべきか。
つまり、登場人物の活躍に胸を躍らせるにはあまりに足りない、教訓も戒めも存在しない物語であるということ。
誕生も、旅立ちも、結末も全て仕組まれたもの。
そのことを、私たちだけが知っている。
* * *
桃太郎は村の端で暮らす老夫婦に育てられた。
人間の平均よりずっと大きな体に育ち、齢十五で国中の誰も敵わないほどの強さを得た。
それでいて気立がよく、善良で優しく、育ての親である翁と媼によく孝行をする。
つまり、絵に描いたように善良な、生まれながらに全てを持ち得る少年——それが私だ。
加えて、環境もまた私に善良であれと言い、己の力を高めたいと思った私にちょうどよく外国帰りの男を用意する。
「ずっと遠い海の果てに鬼ヶ島があった。そこには悪い鬼が住んでいて、あちこちから奪った宝を守っている」
ちょうどよくもたらされる情報。
ちょうどよく不安がる村人たち。
ちょうどよくそこにいた腕の立つ若者——私が、翁に「しばらく暇をください」と告げる。
「急にどうしたんだい、桃太郎」
「鬼ヶ島へ、鬼征伐へ行こうと思います」
「おお、何と恐ろしいことを。そのような危険なこと、お前がしなければならないことはない」
驚く翁に、媼が「お爺さんの言う通りだよ」と加勢する。
「あんたがもしも帰って来なかったら、アタシは悲しくて死んじまうよ」
「大丈夫ですよ、お婆さん。絶対に帰って来ますから」
「わかったもんじゃないよ。鬼ヶ島はずっと遠くにあるって話じゃないか」
「遠くとも、私の舟ならすぐに着きます」
「あんたが怪我でもしたら大変だよ」
「私は怪我などしません」
媼はしばらく黙ると、「絶対に、元気で帰って来るんだよ」と言って口を閉じる。
それもそうだろう。
鬼ヶ島の存在が明るみになった時、ちょうどそこにいる、鬼征伐にお誂え向きな少年。
それがちょうどよく、鬼征伐に名乗り出る。
出来過ぎた状況を私は胡散臭く思うが、何も知らない人々は、英雄の誕生を予感せずにはいられないはずだ。
* * *
翁は庭に大きな臼を持ち出し、媼と共にきび団子をつき始めた。完成した団子を袋に詰め、次は私の装束の支度を始める。
「桃太郎や、この陣羽織を着ておいで」
「いいえ。私はこの、いつもの着物で行きます」
「そんな薄い着流しじゃあ、鬼の刃を防げまい」
「陣羽織でも防げませんよ」
翁が「じゃあ、この刀を持ってお行き」と使い込まれた打刀を差し出し、私はこれを受け取る。
「これなら、どんな鬼の攻撃も防げるでしょう。ありがとうございます」
私の言葉に、媼が「何言ってんだい」と笑い出す。
「防ぐ前に、鬼などそれでつっ殺してやりなさいな」
私はそれに笑みだけを返し、差し出された軍扇を断り、きび団子の袋だけを持つ。
「では、お爺さん、お婆さん、行ってまいります」
いつもの着物と、刀と団子。翁は少しだけ心細そうな顔で私の姿を認め、
「じゃあ、立派に鬼を退治して来るんだよ」
媼は皺だらけの目尻に涙を浮かべ、
「気をつけて。怪我をしないようにするんだよ」
私は「はい」と一言答え、退屈な顔を二人に見られないようにさっと踵を返す。
「では、ごきげんよう」
早足で歩き出したのは、私が見えなくなるまで二人が見送り続けることを知っているから。
今に死んでもおかしくない老夫婦だ。無駄な時間を過ごさせるわけにはいかない。
(ああ、また始まった)
私は予定調和の旅に出る。
これは、「めでたし、めでたし」で終わる物語だ。




