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☆二月【ぽっちゃり男子】

大石(おおいし)三満(みつる)】編

「──嫌だよ~。なんでボクが運動なんかしなくちゃいけないの~」

 放課後になって、夕食前のおやつを買いに購買へ行こうとすると、リーダー君に腕を掴まれて、面倒な話をされた。

「俺様は素晴らしい見解にたどり着いたんだ。最高の食材と最高の空腹こそが、最高の料理を生み出すのだと!」

 運動でお腹を極限状態にまでスカスカにすれば、美味しいものはもっと美味しくなるから協力しろ、って……。そんなのナシだよ~……。

「誕生日までまだ日はあるじゃないか。なんで今から運動をする必要があるんだい」

「痩せた分だけいっぱい食べられるようになるからだって! 俺っち、初めて聞いた!」

 嘘だからだよ。

「じゃあ、あたいが気の済むまで投げ飛ばしてやるよ。受け身を取るだけでも結構な汗をかくからね。……試してみるかい?」

 ちりめんじゃこの佃煮みたいな髪のジャ子ちゃんは、焦がしたキャラメルみたいな髪のチャラメル君の肩を掴もうとして逃げられる。

「三週間で二十キロ減なんて可哀相じゃない。体壊しちゃうわよ」

「そうね、私たちが美味しい料理を作ればいいだけでしょう?」

 パイナップルみたいな金髪のパインちゃんと、赤ちゃんにはミルクをあげてもコーヒーにはミルクを入れなさそうなビターちゃんは、優しい言葉をかけてくれる。

「っつっても、まともに作れる人間が少ねぇじゃん」

「間違っても愛には作らせられないしな」

 頭に焦がしたタマネギを二つつけたタマネギちゃんは、唐辛子をまぶした赤髪のチリペッパー君に髪をもふもふされながらほっぺを膨らませて、ノリマキ君を睨んだ。

「アタシ、わかるのよね。ゴンちゃんは痩せてもイケメンにはならないわ」

「つまりどうでもいいってこと? さんせーい」

 退屈そうに息をついた毒キノコちゃんに、栗をおすそ分けしてくれたモンブランちゃんは手を挙げる。

「まあまあ、そう言うなよ。俺たちが料理の腕を鍛えたうえでゴンが飢えに苦しめば、未知のアンサンブルを奏でられるはずだ。そのための秘策はある。──出番だ! バンバン!」

 シャキーン! ……そんな音が聞こえた気がする。勢いよく開いた扉から入ってきたのは、迷彩柄のズボンに黒いタンクトップを着た、サングラス姿のバンドー君。

「小生が、貴様の醜い体を鍛え直してやろう!」

 猫を抱くようにマシンガンまで持ってる。……やる気満々だね。

「やだよ~。体育だっていつもサボるのに必死なのに~……」

「これは貴様のためだ。最高の食を味わってみたいんだろう?」

「そうだけど、無理だよ~。ボクだって、リアルでもサバゲーがやってみたくて痩せようかなって思ったことはあったけど、成功したためしがないし~」

 うちはぽっちゃり家系なんだもん。遺伝には勝てないよ。

「やり方が悪いだけだ。小生のオリジナルメニューを実践すれば、万事解決! 憧れのゲームアバターのようなギュギュッと引き締まったバッキバキのボディにしてやる!」

 マッチョになりたいわけじゃないんだけど……。

「まずはスクワットだ! 背筋をしっかり伸ばしながら百回! ほらほら、続け!」

 バンドー君は数を数えながら屈伸を始める。やらなかったら撃ってきそうな勢いだったから、仕方なく合わせてみた。

 ああ~……どうしてこんな島に来ちゃったんだろ……。のんびり宝探しをしようって言われたから楽しみにしてたのに、バンドー君は断崖絶壁好きだし、ついていけないとわかったら置いてくし……。

「よーし、俺たちはお料理教室を開講だ! 頼んだぞ、女子力高い系女子たち!」

「あたしができるのはお菓子作りだってば」

「私だって基礎ができるくらいよ」

「生野菜をかじるのが一番いい」

「鍋をひっくり返すのは得意なんだけどねぇ」

「んぅー♪」

 大丈夫かな……まともな人がいないんだけど……。

「あーら、情けない子たちね。料理くらいパパッとできないとお嫁にいけないわよ」

「お前はできても嫁にいけねぇだろ」

「んまあ! せっかく教えてあげようと思ったのに、帰っちゃうわよ!」

 毒キノコちゃんはチリペッパー君の肩をはたいた。

「えっ! ヤバ美ちゃん、お料理得意なの?」

「もっちろんよ。この美しさは徹底された食事管理あってこそなんだから」

 確かに、お肌がキラキラしてるね~。

「それじゃあ、ヤバ美先生に教鞭を託そう! みんな、頑張ろうぜ!」



 そして、スリムボディへの道はひらかれた。

 毎朝五時に起こされて、極寒ランニング。授業中にはミニダンベルを持たされて、お昼休みには腹筋と背筋。放課後は、スクワットからのアニソンエクササイズ。晩ご飯は鶏のササミとお漬け物で、お風呂上がりにストレッチをしたら一日が終わる。

 どうしてだか、放課後はみんながいる調理室でやらされる。ずっといい匂いがするからお腹は空くし、やる気も集中力も削られちゃう……。

「ねぇ、バンドー君……違う場所でやろうよ~……」

「何を言っている! 過酷な状況下でやるからこそ脂肪も魂も燃えるんだ! 燃やして焦がせ! ワントゥーワントゥー!」

『わぁぁぁっ!! 俺っちのフライパンがキャンプファイヤーしてるぅ!!』

『何やってんだい!! 早く水、水!!』

『ダメ!! 天ぷら油に水をかけたら──!!』

『ギャアァァァッ!! 爆発したぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 なんか大変そうなことになってるけど……大丈夫かな……。

「おお! 香ばしい匂いがしてきたぞ! 煙も出てきた! 汗も蒸発するほどハッスルしてきたんだな! ワントゥーワントゥー!!」

 いや、バンドー君の後ろで起こってるボヤ騒ぎのせいだよ……。

 みんな、頑張ってくれるのは嬉しいんだけど、遊び半分でやってないかな……。遊んでなかったら、火の海になんてならないと思うんだけど~……。

 ――そんな光景を見て見ぬふりする日々が、とりあえず一週間は続いた。

鏡を見てみると、たるんでいた顎のお肉が少し引き締まったように見えて、思わずガッツポーズを取った。ボクでもやればできるんだなって、ちょっと誇らしく思えた。

「では、また明朝迎えに行く。夜食は厳禁だぞ」

 お風呂から上がって、お風呂場の脱衣所で体ほぐしのストレッチをしてから、バンドー君と別れた。

 ……でも、好きなものを制限されて嫌いなものを強要されるって、やっぱりつらいんだよね。

 自分のためだっていうことはわかってるんだけど、逃げたくなる。逃げるためならいくらでも走れる気がする。氷をかじれば食欲は抑えられたけど、元気までは出ないよ……。

「早くお肉が食べたいな~……」

 そんなことを思っていると、ふと、脱衣所にあった体重計が目に入った。

 体重は最終日まで測るなって言われてたから、実際にどのくらい減っているのかはわからない。

 ……ちょっとだけ、乗ってみようかな。

 ちゃんと数字で結果が確認できれば、もっとやる気が出るはずだし。マイナス十キロとかになってたら、気合い全開で頑張っちゃうよ~。

 期待と高揚に胸が膨らむ。ルンルン気分で、くすぶる足を体重計に運んだ。

 でも、次の瞬間。ホカホカに温まっていたボクの体は凍りついた。

「えっ……!?」

 い、一キロちょっと……!? 嘘でしょ……!?

 こんなの、ご飯を食べる前と後くらいの差じゃん! ダイエット前にだってよくあったよ!

 息を吐ききったり、服を脱いで測り直してみても、結果は変わらなかった。

「…………」

 途端に、やる気がなくなってしまった。

 あんなに頑張って汗水流して、好きなことを我慢して嫌いなことだけやってきたのに、なんの形にもなってないの……? 全部無意味だったの……?

 全身の力が抜けて、その場に座り込む。

 消灯時間になって警備員さんに追い出されるまで、そのまま立ち上がることができなかった。



 次の日。部屋の扉が叩かれる音で目が覚めた。

『ゴン! 時間だ! 早く出てこい!』

 ああ……アラームかけるの忘れてた……。いや、さっき消したんだっけ……。

 強く扉を叩く音に耐えきれず、転がりながら布団を体に巻きつけて、玄関に近づく。

「バンドー君……。悪いんだけど、今日は調子が悪いからやめておくよ……」

『なんだと? 風邪か? 大丈夫か?』

「風邪じゃないと思うんだけど……気分が乗らないというか……行きたくない……」

 禁止されてたんだ。体重を測ったとは言えない。

『何を言っている。継続は力なりだ。甘えるな』

「だって、体がだるいんだもん……。そんな時だってあるよ」

『たわけ者!! 調子がいい時にだけ走るデブは一生デブのままだ!!』

 うっ……。でも、ボクはいつ走ったっていくら走ったって同じだもん……。

「どうせ無理なんだよ……! どれだけ頑張ったって、ボクはデブのままなんだ! 努力したって、無駄になるだけなんだ!」

『そんなこと、自信を持って言うな! 〝どうせ無理〟が貴様の信念なのか!? 努力をしたと言えるのは、結果を出せた成功者だけだ! 途中で諦めた者はただの怠け者だ!』

「別にデブでもいいもん……。今のままでも、美味しいものは美味しく食べられるし、美味しくないものだって美味しく食べられるし……。女の子にもお腹とか触ってもらえるし……」

『貴様っ……尚のこと許さん!!』

 もっと怒った!? バンドー君、ホントはそこを妬んでただけなんじゃない……!?

 ヒートアップしたバンドー君の叱咤が続いて、しばらく二人で押し問答をしていると、コンコンコンと扉がひかえめにノックされた。

『──ゴ~ン~く~ん! あ~そ~ぼ~!』

 この声は、リーダー君……!?

『貴様、なぜここに?』

『いつもだったらとっくに走り始めてる時間だろ? なのにどこにもいないから、サボってるのかと思って見に来たんだ』

 え? 走ってるボクたちのこと、いつもチェックしてたのかな。

『小生はサボってなどいないぞ。ゴンがグズっているんだ』

『なーんだ、やっぱりか~。そりゃあ、運動が嫌いな奴にいきなりハードなもん押しつけても、耐えられないよな~。けど、昨日までは頑張ってたじゃん』

「だって……大変だけど楽しい時もあったし、これでご飯がもっと美味しく食べられるのなら続けられるかもって思ってたから……。でも、結果が出ないんじゃ意味がないよ。せっかくバンドー君が協力してくれてるのに、時間がもったいないだけでしょ? 所詮、デブはデブ。ボクにはできないんだよ……」

 肩がしぼんで、布団が滑り落ちそうになる。押さえようとした手にも力は入らない。

『そういう言い方はよくないぜ。〝できない〟はただの言い訳だ。本当はやりたくないだけなんだろ? 自分のためを思って誘ってくれたのに断るのは申し訳ないから~なんて気持ちでやっていたのなら、嫌になるのは当然だ。できないからやりたくないんじゃない。やりたくないからできないんだ。……たまにいるんだよな、義務じゃないのにやらなきゃいけないと思ってる奴が』

「ち、違うよ! ボクだって、本気で痩せようかなって思ってたし、バンドー君にはちゃんと感謝してるし、投げやりな気持ちでなんかやってないよ!」

 嘘だ。本当は〝しょうがないからやろう〟としか思ってなかった。拒んだところで白い目で見られるだけだし、もしかしたら願ってもないラッキーな結果がついてくるかもしれないしと、淡い期待をしていただけ。

 この島に来たのだって、バンドー君に誘われてなんとなく来ただけだし、ボクはいつも惰性で動いてる……。

『じゃあ、諦めるなよ! 自信がないのか!? 失敗を恐れている時は、成功を思い描く自分も確かにいるんだ! 負けるな! 自分を奮い立たせろ! それでも不安なら、自信があるふりをすればいい!』

 ふ、ふり……?

「何それ……。そんなことでうまくいくわけないじゃん……。バンドー君まで後ろ指を差されるだけだよ……」

『フッ、小生も甘く見られたものだ。貴様のためなら、敵の砲撃など恐れはしない。それ以前に失敗などしないがな。──国民の幸せを願う我に、敵はナシ!!』

 そうだ……リーダー君に変なスイッチ入れられてたんだ、この人……。

『挑戦というのは、結果が見えないからこそいい! 結果が見えたら〝どうせあそこにたどり着くんだ〟と気を抜いて、どうせたどり着けなくなるのだからな! 小生の冒険家野心がくすぐられるぞぉぉぉ!!』

 スイッチが入る前も変な人だった。

『バンバンの言う通りだ! 見えない先に踊らされるな! もしかしたら、超イケメンで超スポーツ万能な男になれるかもしれないだろ! どうせならそういう未来を想像するんだ! ちなみに、俺様はそう思って育った結果、現実になった!!』

 す、すごい……なんてナルシストなんだ!

『さあ、決めるのは貴様だ! 小生についてくるか、こないか! 変わりたいか、変わりたくないか! デブでいたいか、デブでいたくないか!!』

 デブのままなんて嫌だよ! それだけで下に見られるんだもん! あいつはなんの努力もしない奴だって勝手に思われるんだもん!

 昔の自分を思い出して、身震いがした。体型なんて気にしないって思ってたけど、本当は違う。食べるしか能がないって馬鹿にされるたびに悔しい思いをしてたんだ。何も努力をしていなかったから、言い返せなくて耐えるしかなかったんだ……!

 体型を変えるのは難しいことなのかもしれない。でも、せめて心の持ち方だけは変えなきゃいけない。成長しなきゃいけないんだ!

 今のままでいいなんて、怠けた考えはつまらない! ボクは、つまらない男じゃないんだ!!

「──ボク、もう一度やってみる!」

 落ちていた布団を蹴飛ばして、颯爽と扉を開けた。心地いいほど冷たい風が吹き込んでくる。

「さ、ささささささ寒いぃぃぃぃぃ!!」

「いつまで悩んでんだよ、このデブゴンがががががっ!!」

 タンクトップのバンドー君と、半袖半ズボンのリーダー君は抱き合っていた。

 真冬にその格好はおかしいよ! バンドー君はいつものことだけど、リーダー君はなんで!?

「さっさと走って体温めるぞぉぉぉぉぉ!!」

「ががが頑張ってくれ二人とも!! 俺様はもう一眠りするぅぅぅ!!」

 バンドー君は一度離れたリーダー君の肩を組み直して、反対側の腕でボクを巻き取った。

「ハハハ、せっかくだから貴様も付き合うんだ!」

「や、やめろ! こんな格好で走れるか! 洗濯物が乾かなくて、夏用の体操服しかなかったんだ! 凍え死ぬだろ!!」

「安心しろ、効率よく体を温められる走り方を伝授してやる!」

「イヤァァァァァァァァッ!!」

 ボクもパジャマのままなんだけど……。

「今日も自然の空気は美味しいぞ! 朝日に向かって全力前進だ!」

「まだ日の出前だっつーのっ!!」

 ――結局、その日はリーダー君も一緒に走らされた。途中からバンドー君と徒競走みたいに競い始めて、なんだかんだ楽しそうだった。ボクも……楽しかった。

 それからのトレーニングは笑顔は絶えなくて、一度もリタイアすることなく続けられた。

 何か吹っ切れたのかもしれない。別に痩せられなくてもいいって思えて、自分の意志でやり遂げようとすることが大切なんだって思えるようになった。健康になるために運動をするんだ。体重が減ったら減ったでラッキーなだけ。重要なのはそこじゃない。

 ……なんだ。体重が数キロ減った時よりも、今のほうが全然清々しいや!



「……毎日見てたせいか、そんなに変わった感じはしねぇな」

「よく見なさいよ。腕や足のお肉がキュッとなってるじゃない」

「あたいにもわかんないねぇ。顔の大きさは変わってないみたいだし」

「えっ、そうかな? 俺っちは結構変わったと思ったけど……」

 待ちに待ったおニクの日。いい香りが充満する調理室で、ボクは心置きなく視線を浴びた。

「おそらく、もともとの体格がガッチリしているんだろう。骨太というやつだな」

「そうね。痩せたというより、筋肉で引き締められた感じだわ」

 お腹をつついたタマネギちゃんは「おお~」と言いたそうに唇を丸くした。

「脂肪が減って筋肉がついたのね~。いいじゃない。健康的になって、ゴンちゃんらしさも残って。やっぱりイケメンとは程遠いけれど♪」

「印象はデブのまま……」

 モンブランちゃんは相変わらず厳しいな~。でも、全然痛くない。むしろ痛快!

「さあ! 本番はここからだぜ! ゴンが必死にボディーを作っていた裏で、俺たちも料理の腕を磨きに磨きまくった! まあ、最終的にはヤバ美と姐さんがほとんど作ったんだが!」

 誘導されて、席に着く。高級レストランをイメージしたのか、オシャレなテーブルクロスが敷かれているうえに、ロウソクまで立ってる。

「オレたちはほぼ味見係だったな」

「食べすぎで気分悪くなる日も多かったよね……。でも、最高傑作ができたよ!」

 心なしか、みんなが一回り大きくなってる気がする、と思ったのは言わないでおこう……。

「ここはやっぱり、先にメインディッシュだよな! ――ハッピーバースデー、ゴン!! とくと味わうがいい!」

 リーダー君が目の前にお皿を置いて、蓋を取った。立ち込めるように熱々の湯気が上がって、ふっくらとやわらかそうなハンバーグステーキが現れた。

「お、おにくぅぅぅぅぅぅぅぅ~!!」

 よだれが止まらない!!

「い、いただきま~すっ!!」

 丸ごとかぶりつきたい衝動を抑えて、ナイフで切り分けてから一口頬張る。

 ――ふぉ、ふぉわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!

 とろけるぅぅぅ~!! 肉汁ジュウ~スィ~ッ!!

「どうだ、美味いか!?」

「最高だよ!! 久しぶりに食べるから感動も倍増っ!!」

 ほっぺが溶けるぅ~!! 天にも昇るってこんな感じなんだ!! ああ、光が射してきた……!!

「でも、こんな美味しいお肉、高かったんじゃない……!?」

「いや、タダでゲットした。漁師のおやっさんに頼んで、今朝捕ってきたんだ」

 え? 捕ってきた……?

「オレと和智田で一本釣りしたんだぜ!」

「さばいたのはウチ」

 一本釣り……? さばく……? ――まさか、これって……。

「牛肉じゃなくて――魚肉!?」

「ああ、立派な本マグロだ!」

 えぇぇぇぇぇっ!? これがマグロ!?

「いや~、焦った。本土に黒毛和牛を買いに行こうとしたら、悪天候で船が出せないって言われてよ~。仕方ないから、知り合いのおやっさんに頼み込んで、マグロが釣れるところまで船を出してもらったんだ」

「まさか、また大嵐の中をあの極上丸に乗ることになるとは思わなかったぜ……。ああ、思い出しただけで吐き気が……」

 壁に手をついたチリペッパー君を尻目に、リーダー君は眉を下げた。

「すまん、裏切るようなことになって……」

 初めて見たかもしれない、リーダー君のしょんぼり顔。真面目な顔もできるんだね。

「ううん、いいんだ。だって、言われなかったら気づかなかったし、すっごく美味しいし、今までに食べたことのない、最高のごちそうだよ!」

 今までは、お腹を満たすことだけを考えて、ちゃんと味わってなかったんだ。上辺だけじゃいけない。もっと食材のありがたみを噛みしめて、一つ一つ感謝の気持ちを込めて食べないと。

 それに、みんなの気持ちがこもっていれば、どんなものにも最高級の旨味が生まれるよ!

「くぅ~! 嬉しいこと言いやがって! それじゃあ、こっちも最高のおもてなしをしてやらないとな! ──どんどん持ってこ~い!」

 キラキラ、ピカピカ。美味しそうな料理が次々とテーブルに並べられて、一人バイキング状態になった。お肉! お野菜! お米! お水なんていらないよ!

 ……でも、全部一口ずつ食べたところで、違和感に気づいた。

「あら、どうしたのゴンちゃん。遠慮なく食べちゃっていいのよ」

 うん……。食べたいのはやまやまなんだけど……。か、体が……。

「……もう、お腹いっぱい……」

「ええっ!?」

 おかしいな……。いつもならラーメン十杯だって軽く食べられるのに……。

「急激なダイエットをするから胃が縮んだのよ。無理に食べないほうがいいわ」

 ……! ビターちゃんの言葉に絶句した。こぼれ落ちたお箸がテーブルの上を転がる。

「そ、そんなっ……! あたしと立花が作ったデザートは!?」

「ごめん……食べられそうにないよ……」

「なんだと……!? あんなに素材を選定して分量を調節し続けて作り方も調べ尽くしてこだわり抜いたというのに……!」

 ノリマキ君はパティシエを目指してるの……?

「これも小生のトレーニングの賜物だ! ゴン、喜ぶがいい!」

 バンドー君、ボクは食が細くなりたかったわけじゃないよ……。最高に美味しいご飯をいっぱい食べられるようになりたかったんだよ~……。

「まあ、食べられないもんはしょうがないさ。残すのはもったいないし、あたいらで食べちまおうよ。時間が経つと不味くなる」

 ジャ子ちゃんは迷わず椅子に座って、鷹が獲物を狙うようにお箸を高く掲げた。

「うん、みんな食べて! みんなで食べれば、もっと美味しくなるから!」

 そう言うと、リーダー君たちはお互いに顔を見合わせて、仕方ないなと笑いながらもテーブルを囲った。やけくそのように食らいつく人もいれば、じっくりと感想を言い合いながら食べる人もいる。

 ――みんな、幸せそうだ。食べるだけで幸せになれるんだから、やっぱり美味しいものってすごいな、食べるってすごいな。

 あふれた笑顔で、心までお腹いっぱいになったよ。みんな、ボクのためにありがとう。これからもみんなで、美味しいものをいっぱい食べようね! ──ごちそうさまでした!



 数日が経って、ダイエットをやめた体は、徐々にまたたくさんのご飯を食べられるようになっていた。……うん、無理は禁物だもんね。美味しいものを食べられなくなるのは困るもんね。

 今日は朝から学校中に甘~い香りが漂ってるし、いつもより食欲全開だよ~。

 と思っていたら、放課後になって、女の子たちがお菓子をプレゼントしてくれた。

 そっか、バレンタインだ!

「やった~! 女の子からプレゼントをもらうなんて初めてだよ~!」

「一気に食べちゃダメよ。ちゃんと一つ一つ味わって食べなさい」

 パインちゃんの話を聞きながら早速箱を開けると、七粒のチョコレートが入っていた。女の子たちが一粒ずつ作ってくれたらしい。

「このうちの二、三個はハズレだな」

「文句があるなら没収するよ」

 チリペッパー君をジャ子ちゃんとタマネギちゃんが睨む。

「……あれ? パインちゃんと、ジャ子ちゃんと、タマネギちゃんと、モンブランちゃんと、ビターちゃんと、毒キノコちゃんと……あとはもう一つは誰?」

「その呪文みたいなあだ名が誰を指しているのかはわからんが……あいつじゃないか?」

 ノリマキ君の視線の先にいたのは、水ようかん色の長い髪を垂らした女の子。前髪の左側に赤いミサンガみたいな髪飾りをつけてる。髪がこしあんみたいだから、アンちゃんだね!

「ああ、あの影が薄めの子か~」

(なる)()由佳(ゆか)だ。たった十三人しかいないクラスメイトの名前くらい覚えておけ。……まあ、和智田もあまり話しかけていないようだが」

 なんかいつも機嫌が悪そうだし、リーダー君も避けてるのかな? それはないか。

「あたしが誘ったのよ。どうせならクラスの女子全員で作りたいと思って。……それに、あの子で最後なのよ、和智田のなんちゃってファミリー」

「そっか、俺っちが加入してからもう結構経つんだねぇ。ようやく全員集合だ☆」

「ウチは入ったつもりないし」

 ボクは入ってるのかな? 誕生日を祝ってもらったら自動的に入ってる?

「そういえばあの子、本命チョコみたいなものを作っていたようだけど……誰に渡すのかしら」

 黒板を消していたビターちゃんは、ぴたりと手を止めて小首を傾げた。

 本命チョコ!? そんなドキドキなもの……もしかして、ボクに!? これもダイエット効果!?

 ちょっとの期待を募らせてまじまじと見ていると、アンちゃんはスッと顔を上げて歩き始めた。両手で、三ツ葉のクローバーが添えられた黄色の箱を握り締めている。

 その先にいたのは──。

「……なっ……」

 ――リーダー君だった。

 目が合う二人。

 彫刻みたいに固まったリーダー君に、アンちゃんは仏頂面のまま箱を差し出した。

「……もらってくれる? 陽平君」

 声まで無愛想……。でもそれは、はじめから渡す気がないような、渡すふりをするためだけに吐き出されたようにも思えた。

 リーダー君は何も言わず、手も動かさず、視線だけ逸らす。

 その反応に、アンちゃんはゆっくりと腕を下ろした。

「どうして……。どうして無視するの……? どうして何も言ってくれないの……? そんなにわたしを避けたい……? そんなにわたしが嫌い……!?」

 みんなの視線が二人に注がれて、チリペッパー君が踏み外したように前へ出た。

「お、おい。どうしたんだよ、お前ら……」

 その声は聞こえていないよう。リーダー君は視線を戻して、アンちゃんを睨みつけるように見据えた。

「前にも言ったが、俺はお前を知らない……。昔の知り合いだとか言われても、わからないんだ……」

 怒っているというより、動揺した瞳だった。絞った力が途切れるように、視線は再び落ちる。

 そして、びっくりするようなことを言った。

「俺、数年前に……──記憶喪失になったから」

「えっ……!?」

 き、記憶喪失……!?

「い、いきなり何言い出すんだよ、和智田! 本当なのか……!?」

 チリペッパー君は思わずとリーダー君の肩を掴んだ。

「ああ……。あんまり言いたくなかったから、言ってなかったんだけどよ……」

 沈んだ顔は、当然のように暗かった。それでも、いつもの調子を崩したくなかったのか、口元にはすぐに薄い笑みが貼りついて、心ばかりの明るい声音で続けた。

「お前は俺を知ってるかもしれないけど、俺はお前を知らない。ここで会ったのが初めてなんだ。だから、他の奴らと同様に初対面として接してくれよ。──なっ!」

 重い空気を持ち上げるように弾む声と笑顔。

「……ふざけないで……!」

 その顔に、アンちゃんは唇をわななかせて鋭い眼光をぶつけた。

「そんなの信じない……!! そんなの嘘だよ!! 嘘に決まってる!!」

 走り出したアンちゃんは、チョコをゴミ箱に投げ捨てて、教室から出ていった。

「ま、待って! 由佳ちゃんっ!」

 チャラメル君とパインちゃんはその後ろ姿を追いかけていく。

 …………。

 すごく冷たい風が吹いた。

 喧嘩とは違う。感じたことのない緊張感と緊迫感に、額から汗が流れた。


 ――その時、リーダー君が奥歯を噛み締めるように悲しい顔をしていたことは、みんな気がついていたと思う。


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