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30 ヒカリ

「待って……。それはボクの役目だ」


 覚悟を決めたような目をして、ツボミは雅雄の隣にやってくる。ツボミは、ゲームの世界でオーバーライドを使うときにそうするように、ぎゅっと雅雄の手を握った。雅雄とツボミはどちらともなく向きを変え、向かい合う。


「全部、聞いてたの?」


「うん……」


 雅雄は尋ね、ツボミはゆっくりとうなずいた。だったら、正直に自分の気持ちを話さないと不誠実だ。


「僕は赤松君の言うとおり、君にふさわしくないのかもしれない。残念だけど、僕は君のレベルアップについていけない。いつか絶対、お荷物になる」


 雅雄は赤松に指摘されたこのことを、全面的に認めた。今、すでにレベル差が開いているのだ。今は赤松たちと組んでいるのでまだ目立たないが、二人だけで冒険すればモンスターはツボミに任せきりになってしまう。


 ならばツボミは雅雄の介護をしているより、赤松たちと組んだ方がいい。赤松たちもそうそう無理はしないので、順調にレベルアップできるだろう。そして上級職となったツボミは一人で〈ブラック・プリンス〉を操り、トッププレイヤーの仲間入りを果たす。ツボミのためを思うなら、雅雄は身を引くべきなのではないか。


「……君なら、あのゲームをクリアできると思うんだ。赤松君じゃなくても、他の人と組んだ方がいいと思う。本当に申し訳ないんだけどきっと僕は、君の願いを叶えることなんてできないから」


 喋りながら雅雄は泣きそうになる。道を分かつことをツボミが望むなら、雅雄は止めることなどできない。半泣きで笑いながら、雅雄はツボミの返事を待つ。ツボミは半ば独り言のようにつぶやいた。


「そっか……。不安だったのはボクだけじゃなかったんだ」


「えっ……?」


 ツボミは目を閉じて、雅雄を抱きしめる。突然すぎてツボミが何を考えているのかよくわからなかったけれど、雅雄は抵抗なんてするはずがない。ただ、ツボミを受け入れる。


 触れあった腕と体からツボミの温かさが雅雄に伝わり、ツボミの熱い吐息が耳をくすぐった。お互いの心臓の鼓動さえ聞こえる。そうして永遠とも思える数秒間、ツボミは雅雄をきつく抱いた。


 そして始まりと同じように唐突にツボミは雅雄を解放して、二歩ほど離れる。一気に冷たい空気が雅雄を襲って、雅雄は顔を上げた。ツボミは穏やかに微笑む。


「雅雄、ボクは君が好きです。ボクと付き合ってください」


「どうして……? きっと僕は、君に必要ないのに……? 僕に同情しているの……?」


 雅雄は純粋な疑問を浮かべ、訊く。赤松に責められる雅雄を見ていられなくて、そんな言葉を吐いたのだろうか。ミヤビの言うとおり、雅雄はかわいそうでなければならないのか。


「必要かどうかなんて、関係ないよ。同情もしてない。ボクは君とともに戦う、同志なんだから。君が傷ついているなら、支えるだけだ。……だから君もボクを支えてほしい」


 ツボミは淡々と言う。ツボミのことだから、全部本気だ。ミヤビの考えは、全て的外れだった。


「ボクは君じゃないとダメなんだ。他の人なんて考えられない。香我美ツボミに必要なのは、平間雅雄だけさ。きっと、君も同じ思いなんだって信じてる」


 ツボミは雅雄の目をまっすぐ見据えて、断言した。ツボミはさらに続ける。


「君がいてくれるなら、他に何もいらない。ワールド・オーバーライド・オンラインなんてクリアできなくていい。きっとボクが望んだ永遠だって手放せる。君のためのボクが、ボクがなりたいボクなんだって、気付いたんだ」


 ツボミは晴れやかな笑顔を浮かべる。ツボミは雅雄のためなら自分の望みを捨てられると言った。では、雅雄はどう思っているのか。


 おずおずとだけれども、雅雄は自らツボミの手を握った。彼女の思いの全てを受け止めたいと思った。雅雄の冷たい手が、ツボミの熱をもった手で温められる。


「僕も、同じ気持ちだ……。僕も君さえいてくれれば、他に何もいらない。君と出会えたことこそが、きっと奇跡なんだ……。他に奇跡なんて起きなくていい。ワールド・オーバーライド・オンラインをクリアできないとしても、関係ない。僕も君が好きだ」


「ありがとう。愛してるよ」


 今一度ツボミはニッコリと笑い、軽く雅雄を抱きしめる。雅雄もツボミの背中に手を回して応えた。今のこの満たされた思いがあれば、ワールド・オーバーライド・オンラインだってきっとクリアできる。




「おい雅雄、ふざけるなよ! ツボミ、頭を冷やせ! 雅雄なんかといたら、一緒にだめになるだけだ! おまえは俺たちの方に来るべきだ! そうしないと、神になんてなれない! わかってるだろうが!」


 赤松は怒声を上げる。ツボミは静かに首を振るばかりだ。


「君は本気で神を目指して、ボクを誘ってるわけじゃないだろう? 君はただ雅雄が気に入らないだけだ」


「……」


 その指摘に赤松は言葉を詰まらせる。容赦なくツボミは畳みかけた。


「君は自分を誇示したいから雅雄に突っかかってるだけの、臆病な人間にしかボクには見えないよ。断言してもいい。君なんかがワールド・オーバーライド・オンラインをクリアして神になれるわけがない」


「……」


 ツボミは赤松を豪快に切って捨てる。図星なのかプルプルと身を震わせるばかりで反論してこない。さらにツボミは加えた。


「それにボクは、君とともに神になることに何も魅力を感じない。ボクは雅雄じゃないとだめだ。雅雄と一緒じゃないなら、ボクは神になんてなれなくていい!」


 我慢できなくなったのだろう、赤松は顔を真っ赤にして叫んだ。


「畜生! おまえら、絶対殺してやる!」


 赤松は捨て台詞を残して公園から走り去った。後には二人で手をつないで寄り添う雅雄とツボミに加えて、呆然としているメガミが残された。雅雄とツボミは揃ってメガミの方を見る。メガミは顔を真っ赤にしておろおろしながら言った。


「あ、う、えっと……。す、末永くお幸せにね!」


 メガミはなぜか半泣きで雅雄たちの前から駆け去る。


「……なんだか悪いことしちゃったなぁ」


 ツボミはメガミの背中を見送りながらつぶやく。雅雄も思い返したら恥ずかしくなってきた。メガミがいたたまれなくなってしまうのも仕方ないだろう。とにかく一件落着だ。

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