29 女の決意
今後について二人で話がしたい。そんなメッセージが届いているのにツボミが気付いたのは、夕方に帰宅してからだった。
すでに雅雄からは連絡が来ていて、用があるので今日は会えないということである。今後とはどういうことだろう。ボスの倒し方を再考するということだろうか。
「ボクのせいで負けちゃったもんね……」
薔薇の剣士として戦っていたあのとき、赤松の声でツボミの集中は完全に途切れてしまった。「ツボミはすぐLv.40になって、一人で〈ブラック・プリンス〉を使えるようになれる」。自分でわかるくらいにツボミははっきりと動揺し、雅雄と混じり合っていることができなくなった。
順調にレベルが上がるようになったのは、ツボミ自身が成長したからだと思っている。ツボミがどうありたいのか、それを思い出させてくれた雅雄のおかげだ。きっとそれが、レベルドレインで一度Lv.1に戻されたことで反映された。きっと、Lv.1になればアバターがリセットされるのだろう。
雅雄も同じように成長していると思う。でも雅雄はレベルドレインを受けていないし、元々Lv.1なので、その恩恵を受けることができない。レベルの上では、ツボミは雅雄を置き去りにする形となってしまった。
もしツボミが基本職に就けば、さらに上級職になって〈ブラック・プリンス〉を一人で使えるようになれば、ツボミは雅雄と一緒にいられなくなってしまうのではないか。そのことがたまらなく嫌だった。
(でも、雅雄はそんなことしないよね……)
多分、逆に雅雄はツボミが離れてしまうと心配している。ほとんど確信しているのに、心のどこかで引っかかりがとれなかった。本当に雅雄とツボミは強くつながっているのか。どうしてメガミとやたら仲がいいのか。そんなことを考え始めると、体がすくんで動かなくなる。
赤松のことなどどうでもよかったが、彼らに迷惑を掛けたと雅雄が気にしている。何にせよ一度話をする必要はある。しかしどうもうさんくさい。なぜツボミが一人で行く必要がある? 雅雄に相談すべきではないか? そう頭の中では思いながらも雅雄に連絡することができなかった。赤松に返信し、ツボミは一人でいつもの公園に向かった。
ツボミが公園に到着すると、赤松が駆け寄ってくる。
「よう、待ってたぜ!」
赤松は何が楽しいのか、ニコニコと笑っている。ツボミは怪訝な顔をしつつ本題に入るよう促す。
「それで、話って何?」
「ああ。これを見てくれ」
赤松は数枚のコピー紙を見せてくる。写真をコピーしているようだ。内容を確認して、ツボミは狼狽する。
「こ、これは雅雄!? どうして君が……?」
雅雄がミヤビとなってこの公園をうろついている姿が撮影されていた。というか、前に雅雄の家のポストに写真を入れていたのはこの男だったのか。ツボミが困惑しているのにも全く気付かず、赤松はポンポンとツボミの肩を叩く。
「変態野郎につきまとわれて大変だったな。昔からあいつは頭がおかしかったんだ。俺が終わらせてやる」
「え!? いきなり何を言ってるの!? 雅雄はおかしくなんか……」
ツボミは抗議の声を上げるが、赤松は全く聞いていない。
「あいつをかばうことなんかないんだ。安心してくれ。今日、あいつを呼び出した。そろそろ来るだろ。俺がきっちり話をつけてやる。ここで見ていてくれ」
「いや、ちょっと、待……」
赤松はツボミを公園脇の植え込みに隠れさせ、自分は意気揚々と公園のど真ん中に立つ。付き合っていられない。ツボミは植え込みの影から出ようとするが、同じタイミングで雅雄が来てしまう。機会を逸したツボミは、二人のやりとりを見ていることになった。
赤松は雅雄がパーティーから抜けることを要求し、口論というか、赤松が一方的に逆上する。赤松は雅雄がツボミにふさわしくないと、何度も雅雄を罵る。
(違うよ、ボクの方が……)
ツボミは酷くみじめな気分になる。実際は逆だと思えてならないのだ。ツボミが雅雄にふさわしくない。やがて赤松は雅雄に暴力を振るい、ツボミは助けに出かけたけれども、メガミが来て雅雄を助けてしまう。
(やっぱりあの二人、仲がいいんだよね……)
今日も帰り際、楽しそうに話していて、ツボミは声を掛けることができなかった。雅雄は本当にツボミと同じ思いを共有してくれているのだろうか。疑ってしまう自分が情けない。
やがてメガミは雅雄を守るため、赤松の前に立ちはだかる。
「だったらおまえも一緒に殺してやる!」
「やれるものならやってみて! リアルでもゲームでも、赤松君が雅雄君に何かするなら、私が雅雄君を守るよ!」
メガミは宣言する。違う。そこにいるべきなのは、ツボミのはずだ。メガミなんかじゃない。
でも、どの面下げて雅雄の前に出ればいいのか。昨日はツボミの迷いでオーバーライドを維持できず、負けた。本当は雅雄がそんなことを思っていないとわかっているのに、今も疑って足をすくませている。ツボミに、雅雄の隣に立つ資格はあるのだろうか。
(ボク……すごくかっこ悪いな)
思考が堂々巡りする中で、ふとツボミは思った。少し伸びてきて不揃いになった髪を触る。この髪を自分で切ったとき、これからもなりたい自分であり続けるのだと誓ったはずだ。雅雄とともに。
(こんなかっこ悪いボクはボクじゃない……!)
そうだ。どんなに力不足でも、どんなに笑われても、雅雄と一緒なら大丈夫だと思ったではないか。己を貫くのだと決めたはずではないか。そして雅雄に同志になってもらった。嘘にしてしまったら、それこそ雅雄への裏切りだ。
「いや、僕は……」
雅雄が何か喋りかけて、ツボミはハッとする。雅雄も本来闘争を好まない性格のはずなのに、抵抗しようとしていた。雅雄だって戦おうとしているのだ。だったら、同志であるツボミが逃げるわけにはいかない。先陣を切るのは、いつだってツボミの役目だ。
「待って……。それはボクの役目だ」
緊張の面持ちで、静かにツボミは雅雄の隣に立った。




