28 ルサンチマン、大爆発
約束の時間ぴったりに、雅雄は近所の公園に赴く。すでに日は落ち、周囲は暗い。小さな滑り台の前で、赤松は腕組みして仁王立ちしていた。ただ話をするだけなのに、心臓がバクバクと鼓動を早め、体中が熱くなる。
「……僕に話って何?」
緊張で声を上ずらせながら、雅雄は赤松に尋ねる。赤松は雅雄を見下ろして、厳かに告げた。
「おまえはバカだからはっきり言わないとわからないだろう。単刀直入に言うぜ。おまえはワールド・オーバーライド・オンラインをやめろ。おまえに資格はない」
滅茶苦茶な要求に雅雄は唖然とする。手切れを通告されるくらいのものだと思っていた。なぜ、そこまで言われなければならない。
「そ、そんなの、僕の自由だろう? 赤松君が決めることじゃないよ。どうしてそんなこと言われなきゃならないのさ!」
雅雄は赤松の迫力にたじろぎながらも要求をはねのける。しかし赤松は雅雄の鼻先に数枚の紙を突きつけた。
「どうして? 決まってるだろ? おまえがツボミにふさわしくないからだ! 気持ち悪い変態で人格破綻者のおまえはな!」
A4の薄っぺらい紙には、安っぽい印刷でミヤビとなった雅雄の姿が映っていた。不思議と驚きはなかった。ああ、いつもポストに写真を入れていたのは赤松だったのか。考えてみれば状況からして赤松以外にありえなかった。何の感慨もわかない。
「ツボミは俺たちのパーティーに入る。ツボミはすぐ俺たちにレベルが追いついて、一緒に戦えるようになるだろ。ずっとLv.1のおまえと違ってな。おまえは〈ブルー・ヘヴン〉を俺に寄越して二度とログインするな。……おまえなんかに時間を無駄にさせられてるツボミがかわいそうだ」
雅雄は反論しようとするが、何も言葉が出てこない。かすかに喉がひゅうひゅうと音を立てるだけだ。
「いつもおまえはそうだったよな。頭がおかしいふりをして、女子に守ってもらって。通用しねえよ。そんなのはせいぜい小学生までだ。俺たちの目の前から消えて、二度と姿を見せるな! それがツボミのためだ!」
赤松は吐き捨てるように言った。雅雄は何も言えない。その通りかもしれないと思ってしまったのだ。
「……」
「都合が悪くなったらだんまりか? 助けを待ってるつもりか!? そういうのは通用しないって言ってるだろ!?」
喋っているうちに興奮してきたのか、赤松は雅雄に掴みかかってくる。背が低くてもやしのようにか細い雅雄が、高身長で筋肉質な赤松に敵うはずがない。あっという間に組み伏せられ、一方的に殴られるのを待つばかりだ。しかし、そこで雅雄を助けてくれる者がいた。
「ちょっと! 何やってるの!?」
どこからか現れたメガミは雅雄に馬乗りになる赤松に猛然とタックルをかまして、たまらず赤松は地面に転がる。生徒会やら何やらで忙しいメガミの帰宅時間は今くらいだ。たまたま通りがかったのだろう。
「雅雄君、もう大丈夫だからね。雅雄君の様子がおかしいから、ずっと調べてたんだよ? やっぱり赤松君が原因だったんだね……。 間に合ってよかった……!」
メガミは優しく声を掛けつつ、雅雄を助け起こす。そしてメガミは雅雄を守るように手を広げて、起き上がった赤松と正面から毅然と対峙した。
「こういうことされて、辛かったのは赤松君だったんじゃないの!? どうして雅雄君に同じことするの!?」
「雅雄、おまえはいいよな……。そうやって女に守ってもらえるんだからな……。ちょっと顔がよくて、頭がおかしいふりをして……!」
顔やら手やらに食い込んだ砂粒を払いながら、赤松は野獣のごとく静かにうなる。メガミが乱入したことで少しは落ち着くのかと思ったけど、とんでもない。むしろ赤松は逆に頭に血を上らせて興奮していた。
「俺は昔と違うんだ……! 強くなったんだ……! おまえなんかに負けるはずがない……! ツボミだって、きっと俺についてきてくれる……! ツボミは雅雄なんかにはふさわしくないんだ……!」
怒りでぶるぶると体を震わせる赤松に、雅雄はおののく。そんな風に言われなくてもわかっている。赤松は完全におっさん顔なので見た目はともかくとして、体が大きくて勉強もできる赤松に雅雄が勝てる要素なんてない。ツボミだって雅雄を見限り、赤松と正式に組んでもおかしくはない。
「次にログインしてきたら、俺はおまえを殺す。絶対だ!」
ついには赤松の口から殺害宣言が飛び出した。ゲーム内での話とはいえ、心臓がドキッとする。メガミは一歩も引くことなく言い返した。
「そんなの私が許さない! 赤松君は勝手だよ!」
昔と同じだな、と雅雄は思った。赤松の言うとおりだ。雅雄は何も進歩していない。自分の力で誰かに立ち向かうことなんてできなくて、メガミの背中で震えているだけ。
その雅雄がのうのうと存在すること自体、赤松には許せないのだろう。一緒に行動していた間もきっと、変わっていない雅雄にヘイトを溜めていた。
雅雄はようやくなぜ赤松が凄まじい剣幕で襲ってきたのか理解した。交渉とか、そんなことを考えていた雅雄が甘かったのだ。赤松からすると雅雄は敵以外の何者でもなくて、どちらかが死ぬまで殺し合うしかない。雅雄と赤松は相容れない存在だ。
「だったらおまえも一緒に殺してやる!」
「やれるものならやってみて! リアルでもゲームでも、赤松君が雅雄君に何かするなら、私が雅雄君を守るよ!」
メガミは毅然と宣言する。雅雄を置いてけぼりで事態はエスカレートしていくばかりだ。忸怩たる思いで雅雄は天を仰ぐ。これではミヤビの言うとおりである。雅雄はツボミと出会って変わったのではないのか。諦めないと決めたのではないのか。奇跡を追い求め続けると決めたのではないのか。
「いや、僕は……」
黙っていても絶対に奇跡は起きない。雅雄は正面に向き直り、口を挟もうとする。しかしそこで、雅雄たちの方にゆっくりと彼女は歩いてきて言った。
「待って……。それはボクの役目だ」
ツボミは口を真一文字に結び、静かに雅雄の隣に立った。




