27 男の決意
ワールド・オーバーライド・オンラインのアプリにはメッセージ機能がついている。ゲーム内での知り合いと連絡をとるためだ。雅雄は夕方、帰宅してPCの電源を入れて、メッセージが届いていることに気付いた。赤松からである。
「昨日のことだろうな……」
思い出すだけで気が重くなる。ツボミは途中でオーバーライドが解けてしまった責任を感じていて、昨日の夜ログアウトしてから謝ってきた。
○
「ごめん、ボクのせいでこんなことになっちゃって……」
ツボミはシュンとうなだれる。いつになく憔悴した様子だった。慌てて雅雄は首を振る。
「ツボミのせいじゃないよ! 僕の集中力が切れちゃって……。僕のせいなんだ。だから、ごめん」
雅雄は逆に謝ったが、届かない。ツボミは納得してくれなかった。
「違うんだよ。ボクの方なんだよ。どうしたらいいんだろうね、ボクは……」
ツボミは寂しげに笑い、天を仰ぐ。その目尻には、うっすらと涙がにじんでいた。雅雄は、ツボミに何も言うことができなかった。
今日の学校でも昨夜のことを引きずってかツボミは元気がなくて、自然と雅雄も落ち込んだ。あまりに雅雄の様子が酷かったからだろう、メガミまで雅雄を心配してくれた。
「雅雄君、どうしたの? ずっと元気ないみたいだけど。香我美さんと何かあったの?」
メガミは帰り際に雅雄に話し掛けてくる。雅雄はツボミと一緒に帰ろうと自席で支度をしていたが足が重くて気が進まず、立ち尽くしていたところだった。
「ううん。なんでもないよ……」
正直に相談する気になれなくて、雅雄はそう答えた。メガミは首を傾げる。
「そうなの? 香我美さんも元気なかったから、てっきりケンカでもしたのかと思ったんだけど……。それとも例のゲームのこと?」
「別にケンカなんてしてないよ。ゲームの方もうまくいってるし。昨日は勝てなかったけど、ボスと戦ったんだ」
雅雄は無理に笑顔を作る。気付いているのか気付いていないのか、メガミはぱぁっと微笑む。
「そうなんだ! それで香我美さんも……。きっと今日は勝てるよ! 行動パターンはもうわかってるでしょ? そしたら攻略できるはずだよ!」
どうやらメガミは、雅雄とツボミがボスの攻略法で悩んでいると思ったらしかった。雅雄からすれば、ボスなんてどうでもいい。ツボミと一つになれなければ、そもそも挑戦することさえおぼつかないのだ。
「大丈夫! 一回や二回、失敗するのは普通だから! ボスによっては前の戦闘のダメージが残ったままになるし!」
「そっか……。がんばってみるよ」
雅雄はどこかおざなりに応じるが、メガミはニコニコと笑うばかりである。
「そうそう、その意気だよ! 香我美さんとも友達なんだから、きっと一緒に戦ったら仲直りできるよ!」
雅雄を迎えに来たのだろう、ドアから教室を覗き込んだツボミはメガミと話し込んでいる雅雄を見て大きく目を見開き、回れ右をして帰って行った。雅雄は引きつった笑顔をメガミに見せ続けるしかできない。
「そうだよね、友達だもんね……」
決して雅雄とツボミは彼氏と彼女なんかではない。同じ高みを目指す同志であるはずだが、最近はすれ違っているといって過言ではない。今、ワールド・オーバーライド・オンラインにログインしてもオーバーライドを使えないのではないかという気さえする。いったい僕たちは何なのだろう。
○
赤松からのメッセージには、雅雄が近所の公園に一人で来るように書いてあった。もちろん今日はゲームの方はお休みである。ツボミにも連絡は送っているだろう。男と男の話がしたいとは、いったいどういう意味だ。
「……行く必要はないよね」
どうせろくなことではない。わかりきっている。まさか殴ってきたりすることはないと思うが、恫喝してくるくらいは覚悟しなければなるまい。
「お兄様、逃げるの?」
振り向くと、いつものようにフリフリのドレスを身に纏ったミヤビがいた。雅雄は慌ててPC画面の方に向き直る。
「……相手にする必要はないんだ。それだけだよ」
「でも、どこかで話をつけなければならないんじゃない? お兄様、私の言うことは間違ってる?」
「……」
確かにミヤビの言うとおりだ。ボスを倒しきれなかった件で赤松たちとの関係には亀裂が入ったままである。協力関係を継続するにしても、袂を分かつにしても、とにかく一度は話をするべきだ。少し考えてから雅雄は言った。
「僕が一人で、リアルで会う必要はないでしょ」
赤松が一方的に送りつけてきたメッセージに従う義務なんてない。会うならツボミと一緒に、ワールド・オーバーライド・オンラインの中で会えばいいはずだ。そこからやりとりするのが交渉というものだろう。
「本当に? 今ならリアルの方が安全じゃないかしら? 今、あの世界でお兄様は戦える?」
「……」
ミヤビの指摘も一理ある。今、ログインしてもツボミとオーバーライドで一つになれる自信はない。下手したら、逆上した赤松に殺される可能性さえあるのだ。危険すぎてゲーム内では会えない。
「でも、ツボミにはいてもらった方がいいわ。あの男にいじめられるお兄様を見たら、きっとツボミはお兄様から離れられなくなるもの」
「……」
かわいそうぶってツボミの気を引けと、ミヤビははっきり言った。今日も郵便ポストに入っていた雅雄が女装している写真が、手の中でくしゃりと潰れる。
「子どもじゃないんだ。話くらい一人でできるさ」
そんな情けない姿を見せれば、それこそ見限られる。雅雄のせいでツボミは落ち込んでいる。こんなときこそ、しっかりしなければ。
「そうかしら? やっぱりお兄様には私が必要ね! お兄様は、弱くないといけないの。そうでないと、見捨てられてしまうわ」
爪が掌に食い込み、血がにじむ。今までの雅雄なら、そうだった。でも、ツボミと出会って雅雄は変わったはずなのだ。
「違う。僕は強くなったはずなんだ……!」
ミヤビは鼻で笑った。
「お兄様、本気で言ってるの? お兄様はツボミがいないと何もできないでしょう? お兄様は何も変わってないわ。メガミや静香が、ツボミになっただけよ」
「……」
何も言い返すことができない。ミヤビの言うとおりだった。メガミに頼りきりだったのが、ツボミに頼るようになっただけだ。現実では雅雄には何の力もないし、ゲームの世界でもツボミとともに薔薇の剣士にならなければまともに戦うことができない。
「お兄様は、お兄様自身のためにツボミを引き留めなければならないのよ? わかるでしょう? ツボミがLv.40になってお兄様が見捨てられてもいいの?」
「それでも僕は、やらなきゃならないんだ……」
雅雄は自分に言い聞かせるようにつぶやく。もう、ミヤビの姿は見えなくなっていた。




