17 赤松の正体
体育の授業は嫌いだった。いつも二人組で余ってしまう。今日はバスケだったけれど、どうせ雅雄は試合に出してもらえない。体育祭の長距離走は最下位になるのがわかっているにもかかわらず、無理矢理出場させられたのに。
ウォーミングアップでは延々雅雄は一人で壁にボールをぶつけ、試合が始まれば隅っこで体育座りをしてひたすら時間が過ぎるのを待つ。酷く苦痛を覚える時間だった。かといって試合に出れば動きが悪すぎて戦犯待ったなしなので、それも困るのだけれども。
後ろの方でちょろちょろしていれば終わるサッカーはまだマシで、強制的にコートに入れられるバレーなんかはスパイクの集中砲火を受けて、自分の体も周囲の視線も痛いばかりだ。一対一の柔道ならいくらボコっても反撃してこない存在としてサンドバックにされ続ける。
バスケでも任されるのは後方だが、障害物にさえなりきれない。フェイントにあっさり騙されて抜かれ、チームメイトに舌打ちされて心が痛い。だから出場したくない。体育でeスポーツでもやってくれればまだまともに戦えるのに。
幸い、体育教師は雅雄が一切出場していないことに気付かず、雅雄は無事に時間を終えることができた。岸壁に貼り付いたフジツボのごとく、ほとんど動いていないのに酷く疲れた気がする。
帰りたい気分で一杯だったが、まだまだ一日は終わらない。なぜ、二時間目に体育が入っているのだ。しかも三時間目は音楽で教室移動。余裕が全くない。
憂鬱な気分のまま雅雄は教室で着替える。着替えを急ぎながらも周囲への警戒は怠らなかった。去年、いかれた陽キャにパンツを脱がされて外に放り出されたトラウマがあるのだ。当時はまだ毛が生えていなかったことを凄まじく馬鹿にされた。メガミが助けてくれたので被害は最小限だったが、あんな恥ずかしい思いはもう二度としたくない。
雅雄は手早く着替えを終えて荷物を纏め、音楽室へと向かう。途中の廊下で女子更衣室から出てきたらしいメガミが声を掛けてきた。
「よっ! 雅雄君!」
「あっ、メガミ……」
軽く背中を叩かれ、雅雄は振り返る。メガミと話すのは、かなり久しぶりな気がする。雅雄の顔を見て、メガミは首を傾げた。
「どうしたの、雅雄君。元気ないみたいだけど……?」
「そんなことないよ……」
否定はしてみたものの、隠し通せるわけがない。メガミは笑顔で申し出る。
「遠慮しないで。何か悩みがあるなら、聞くよ? 私なら例のゲームの話もできるしね!」
「いや、僕は……」
当たらずとも遠からずといったところだ。歩きながら、雅雄は目を泳がせてしまう。その様子を見て、メガミは雅雄がワールド・オーバーライド・オンラインのことで悩んでいるのだと当たりをつける。
「今、雅雄君って赤松君のパーティーと組んでるんだよね? ひょっとして赤松君とうまくいってないとか……?」
ど真ん中ストライクではないけれど、ゾーンには入っている。思わず雅雄は顔を引きつらせてしまう。半分、自白しているようなものだ。察しのいいメガミが見逃すわけがない。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「私も心配してるんだよ? 赤松君って多分、小学生のときから雅雄君のこと、よく思ってなかったみたいだし」
メガミの話を聞いて、雅雄は首を捻る。
「え? 赤松君って、僕らと同じ小学校だったの……?」
雅雄の問いに対し、メガミはキョトンとする。
「あれ? 雅雄君、覚えてないの? 小三、小四のときにいつも体育で二人組作ってたでしょ?」
「えぇ……? そうなの……?」
赤松、赤松……。雅雄は記憶を遡ってみるが、正直全く覚えがない。黒歴史なので脳が思い出すのを拒否しているのか。十数秒間脳の中をかき回して、雅雄は言った。
「う~ん、いつも僕が組んでもらってたのは灰吹君って人じゃなかったっけ……?」
そうだ、思い出した。小太りでメガネを掛けた少年である。雅雄と組んで、いつも嫌そうに無言で準備体操をしていた。当時はメガミや静香にばかり絡まれていたので「平間は女子と組めよ」なんてブツブツ言いつつ、自分も組んでくれる人がいないので仕方なく雅雄と組んでいた。
余り者同士だけれどお互い見下していて、組んでいてもほとんど喋ったこともなかった。そのため印象もおぼろげだが、断じて赤松という名字ではない。また雅雄の記憶ではうちの中学校に進学せず中学受験をした者は何人かいたが、赤松なんて名字は聞いたことがなかったと思う。
しかしメガミは新たな事実を告げる。
「その灰吹君だよ。両親が離婚して名字が変わってるの」
「そうなんだ……」
記憶の中の挙動不審な小太りメガネと、今の自信に溢れた赤松とがうまく重ならない。でも、だったら赤松が雅雄に嫌がらせしてくるのもわかる気がする。向こうからすれば、見下していた相手が今ものうのうと違う女とよろしくやっているという状況だ。
しかも雅雄は、赤松の中学デビュー前を知っている。比べられて馬鹿にされていると被害妄想を膨らませているのかもしれない。赤松のことなんて雅雄からすればどうでもいいことなのに、向こうにとっては払拭したい過去が追いかけてきている気分なのだろう。本当に、あのクソみたいな態度はどうにかならないのだろうか。
雅雄の反応で核心を突いてはいないということを悟ったのだろう、メガミは質問を変えてくる。
「それじゃあ、香我美さんのことかな……? ま、雅雄君って、香我美さんとお、お付き合いしてるの?」
「……そんなのじゃないよ」
自分で言ってて、虚しくなった。雅雄はツボミに甘えるばかりで、自分の好意を伝えることさえできない臆病者だ。ツボミは順調に上を目指し始めている。何の成長もなく足踏みし続けている雅雄が、ツボミと一緒にいる資格はあるのだろうか。雅雄はツボミの邪魔なのではないだろうか。思わずため息が出そうになる。
「そ、そうなんだ。だったら私にもチャンスが……」
メガミは何か言い掛けたが、そこでちょうどチャイムが鳴り、音楽室に到着した。メガミは「またね!」と小声でささやいてから自分の席に走る。情けない雅雄を相手にしているのに、最後までメガミは笑顔だった。
昔だったら、メガミと話せばどんなに落ち込んでいても嬉しくなって、楽しくなって、気持ちが上向いたけれど、今は何も感じない。どうしてだろう、ただただ虚無だ。むしろツボミや赤松のことを思い出して、ブルーになってきている。
雅雄は落ち込んだまま授業を受け続けた。




