1 無職の街道
「……! よし、次はあそこに走ろう」
草むらから慎重に顔を出して、雅雄は十メートルほど先にある真っ黒な岩を指した。雅雄の隣で、ツボミはうなずく。
「わかった! ボクが先に行くね!」
ツボミはさっそうと風を切り、長い髪と背中から垂らした〈ダークレザーマント〉をなびかせて走る。ツボミが着込んでいる銀のスケイルメイルが太陽光を反射してキラリと輝いた。雅雄もツボミに続いて駆ける。〈ダークレザーコート〉が肌に張り付いて気持ち悪いけど、我慢するしかない。二人は首尾よく岩陰に隠れ、一息つく。
「ふぅ、戦うより疲れちゃうね……」
ごつごつした岩に背を預けながら、ツボミはつぶやく。雅雄は額の汗を拭いながら応じた。
「仕方ないよ。この辺りだとLv.30以上のモンスターが出るんだ。慎重に行かないと……」
『平間雅雄 Lv.1 無職』に、『香我美ツボミ Lv.6 無職』。このパーティーが普通に戦うなら、街道を歩くだけでも大冒険になる。普通の雑魚モンスターに殺されかねない。
それぞれLv.50まで隠蔽スキルを強化した〈ダークレザーコート〉と〈ダークレザーマント〉を身に着けているが、隠蔽スキルは動けば無効だし、開けたところでも無効だ。普通に街道を歩くなんてもっての他で、街道脇に広がる草原で物陰から物陰に身を隠しながら移動するしかない。
畢竟、牛歩の歩みで移動することになり、次の町に辿り着く前に二人は疲弊しているのだった。その甲斐あってか、今日はまだ街道で一度も戦闘していない。現在、最前線になっているオークの砦に到着するまでいったい何日掛かるのだろうか。
しかし、どんなに気をつけていても戦闘が避けられない場合だってある。モンスターの出現率だけなら街道より脇の草原の方が高いのだ。忍び寄る影に、ツボミはすぐに気付いた。
「雅雄、敵だ!」
雅雄は反射的に剣を抜き、飛び出してきた影を迎撃する。『ポイズンスネーク Lv.30』。一メートル半程度の毒々しい色をしたヘビは、いったん距離を取って鎌首をもたげ、探るようにチロチロと舌を出し入れする。
「こいつら……! どうしてボクらを見つけられたんだろう?」
「視覚に頼ってないからじゃないかな?」
じっとポイズンスネークを観察して、雅雄はツボミの疑問に答える。ヘビはピット器官で赤外線を探知して獲物を襲う。目の前のモンスターも、同様のスキルを保持しているのだろう。
しかし、まさか街道でLv.50の隠蔽スキルを破られるとは。これは大幅に計画を見直す必要がある。今回は一匹だけだが、雅雄とツボミが草むらで複数に囲まれたら完全に詰んでしまう。今まではこそこそ移動すればどうにかなっていたが、さすがに最前線の近くだと、街道でも嫌らしい相手が出てくるようだ。
ポイズンスネークは雅雄たちを見て大したことがないと看破したのか、何の工夫もなく正面から襲いかかる。雅雄は〈シルバーシールド〉を前に出していなし、ポイズンスネークの牙から逃れた。装備でかなり補っているが、レベルの差はいかんともしがたい。まともには受けていないのに、HPゲージがガリガリと1/3ほど削られる。
「〈煙玉〉を使って逃げよう!」
ツボミはダメージ量を見て顔色を変え、撤退を提案してくる。思ったより喰らってしまっている。確かにここで危ない橋を渡る意味はない。判断は悪くないが、雅雄は首を振った。
「だめだ! 多分効かない!」
赤外線──体温でこちらを捕捉する相手に対して煙で視界を遮っても効果がない。こちらが戦いにくくなるだけだ。すぐにツボミは次の案を出す。
「だったら街道に出よう! このフィールドは不利だ!」
「……わかった!」
雅雄はうなずいた。実は、雅雄も先ほどから迷っていた。このまま草原で戦い続けるか、遮蔽物のない街道に出るか。ツボミの一言で腹は決まった。雅雄は街道に向かって駈け出す。ポーションを一気飲みすることも忘れない。
ポイズンスネークは雅雄を追いかけるが、ツボミは〈びっくり花火〉を投げつける。派手な音と爆発で一瞬だけ敵はひるんだ。その隙に二人は街道に出て剣を構え、ポイズンスネークを迎え撃つ姿勢を見せる。
野生の生物は急に開けたところに出るのを嫌うというけれど、モンスターにそんな法則は当てはまらない。平気でポイズンスネークは街道に出てきて、徹底的に雅雄を狙ってくる。弱い方に狙いを定めているということだ。
「『フェザースラスト』!」
黒のオーラを放出しながら、ツボミはモーションスキルを繰り出す。鋭い突きを喰らって、たまらずポイズンスネークは吹っ飛ばされた。
しかしこのモンスター、なかなか身のこなしが器用ならしく、空中で体勢を立て直し、着地と同時にまたバネのように跳ねる。スキル使用後の硬直時間に入ったツボミは動けない。だから雅雄の出番だ。
「……『フェザースラッシュ』!」
タイミングを慎重に計り、青のオーラとともに雅雄はモーションスキルで斬りかかる。ポイズンスネークはまともに頭に剣を受け、地面に叩きつけられた。
クリティカルヒットを受けてなおポイズンスネークは抵抗しようとする。雅雄一人で戦っていたなら延々通常攻撃で削らなければならないところだが、今は二人だ。硬直から脱したツボミはまたも大技を繰り出す。
「決めてやる! 『フェザースラスト』!」
またもポイズンスネークはトラックと正面衝突したかのように吹っ飛んだ。雅雄も硬直終了と同時に『フェザースラッシュ』を繰り出し、ポイズンスネークを斬る。初級とはいえモーションスキルを四回連続で受けたポイズンスネークのHPはゼロとなる。
多少の経験値とお金が手に入り、戦闘は終わった。しかし、だからといって一息つくことはできない。
「やっぱりこうなったかぁ……」
雅雄は天を仰ぐ。『とつげきバッファロー Lv.23』やら『ファングパンサー Lv.30』やらがわらわらと草原から出てくる。
街道であれだけ派手に戦えば当然だ。地道に雅雄が一人で戦っていたときとは違うのだ。これだけの数に今の雅雄たちは対抗できない。オーバーライドを使えば鎧袖一触だが、さらに敵を呼び込みそうな気がする。
それでもやるしかないのだ。ツボミは雅雄に目配せして、雅雄はうなずく。しかし、二人のオーバーライドを発動しようとしたところで、思わぬ助けが入った。




