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57 裏切り

 その日、雅雄は用事があると言ってツボミとゲームするのを断った。久しぶりの一人の夜だ。雅雄はベッドに寝転がる。


「静香ちゃんの誘い……。受けるべきじゃないよね。静香ちゃんなんか信用できないし、お金で買えるものなんてたかがしれてるし、剣は使えるかわからないし……」


 雅雄は誰かに同意を求めるかのように声に出した。仮に作戦がうまくいっても静香が約束を守るわけがない。だいたい、本当のレアアイテムはダンジョンでボスが守っている。いくらお金があってもダンジョンをいくつも攻略したパーティーには勝てない。


 その点、仮面の剣士が持つ剣は魅力的だ。しかし、雅雄が使えるとは限らない。前に雅雄が手に入れた青薔薇の剣〈ブルー・ヘヴン〉の装備条件は「上級職以上に就いていること」だった。黒薔薇の剣〈ブラック・プリンス〉も同様の条件が課せられている可能性は高い。雅雄は静香に味方しても、きっと何も得られない。


「そういや〈ブルー・ヘヴン〉は僕が持ってるまんまだったな……」


 どうして雅雄は〈ブルー・ヘヴン〉をメガミか静香に引き渡さなかったのだろう。どうせ雅雄には使えないのに。


「決まってるわ。お兄様は諦め切れていないのよ」


 もはやつっこむ気力も起きない。ミヤビが上から雅雄の顔を覗き込んでいた。


「……僕は普通にツボミと一緒に遊ぶだけで楽しいんだよ。それ以上は求めていないさ」


 普通に生きていればまずプレイすることのできないVRMMORPGを雅雄はプレイしている。しかも人生ソロプレイヤーだった雅雄の隣に、ツボミという心強い仲間までいるのだ。これ以上は望むべくもない。


 しかしミヤビは雅雄の言葉を鼻で笑った。


「ウフフフフ、滑稽なお兄様。必死に自分に言い聞かせちゃって。本当は神様の力がほしくて仕方がない。この世界の主人公になりたくて仕方がない。そうでしょう?」


「……」


 雅雄は顔を背ける。ミヤビは雅雄の頬に手を当て、微笑む。寒気がするほどにミヤビの手は冷たかった。ミヤビは雅雄の耳元でささやく。


「お兄様、忘れてるんじゃない? お兄様は、Lv.1だったのよ? ツボミはどうだった?」


 ツボミは一般人程度のレベルに認定されていた。レベルドレインで雅雄と同じところまで落とされただけだ。すぐにLv.2に上がったし、雅雄を置いていってしまうのも時間の問題だろう。


「ヤスさんにも訊かれたでしょう? お兄様、これだけは誰にも負けないっていういいところある?」


 ない。雅雄には、何もない。ミヤビの手から、雅雄の体温が奪われてゆく。


「ツボミは今はちょっと、舞い上がってるだけよ。お兄様には何もないってわかったら、きっと見捨てられるわよ? あのときみたいに」


 辛い思い出がフラッシュバックする。体が震えて汗が噴き出し、心臓が痛む。息を荒げながら、雅雄はミヤビに向けて怒鳴った。


「黙れよ! 関係ないだろ! あのときのことは……!」


 起き上がった雅雄の前から、すでにミヤビは姿を消していた。



 明くる日、雅雄とツボミはいつも通り夕方にワールド・オーバーライド・オンラインにログインした。ちなみに今日、ツボミは雅雄の家には来ておらず自分の家からログインしている。来客があるので雅雄の家には来ないでほしいと頼んでおいたのだ。


「今日はどこに行こうか?」


 ツボミに尋ねられ、雅雄は提案する。


「久しぶりに【ブレイバーズシティ】方面でどうかな? 例のクエストのせいで、こっちにも人が来そうだし」


「いいね。帰りに買い物もしたいし、街道沿いでモンスター狩りしようか」


 ツボミも賛同し、二人は【名もなき村】のセーブポイントから【ブレイバーズシティ】に移動した。




 PKがいると危ないので、あえて雅雄とツボミは人気がない道を選んで進む。


「こっちには何があるの?」


「確か広場みたいなところがあるだけだね。何もないから、きっと誰もいないよ」


 気付かないでくれ。そう願いながら雅雄は答える。


「そうなんだ。広場なら、何かイベントがあるのかも。探索してみないとね」


 ツボミは雅雄が考えていることを全く見抜けていなかった。いける。喜ばしいことのはずなのに、胸が痛んでどうしようもなかった。




 雅雄とツボミは広場に到着する。予定通り、人を集めて静香が待っていた。


「遅かったわね。歓迎するわ」


 静香の他にパーティーメンバーが四人。即座にツボミは剣を抜いて臨戦態勢をとる。


「何のつもりだ! 雅雄には指一本触れさせない!」


「あらあら、何もわかっていないのね。雅雄、思い知らせてあげなさい」


 静香はニッコリ笑って雅雄に命令した。雅雄は震える手で剣を抜き、ツボミの退路を断つ位置に陣取る。


「ツボミ、ごめん……!」


 異様に口の中が乾いて、喉がヒリヒリする。剣を構えても体が戦闘モードに入ってくれず、切っ先が定まらない。


「どうして……?」


 ツボミは怒るわけでもなく、悲しげな表情を浮かべる。静香は勝利宣言した。


「わかった? この間の借りを返させてもらうわよ。一撃で楽にしてもらえるなんて思わないことね。指を一本一本叩き潰して、手足を一本一本もいで、歯を一本一本折って、目を両方ともえぐり出して、内臓を引きずり出して、むごたらしく殺してあげる」


 静香の話を聞き終わらないうちに、ツボミは雅雄を突き飛ばして駆け出す。雅雄は何の抵抗もできず尻餅をついた。


 静香たちはあえて追撃しようとはせず悠然と構えるのみだ。ただ、静香の隣に控えていた弓手は矢を放った。矢はツボミの左肩に刺さるがHPを0にするには至らず、ツボミは逃げ切る。


 雅雄はのろのろと立ち上がる。ツボミに逃げられてしまったが、静香は何を考えているのだろう。途中の道に伏兵を忍ばせている気配はなかった。


「えっ……? うあっ!」


 静香は雅雄にゆっくりと近づいてきて、雅雄の右腕にツボミに撃ったものと同じ矢をずぶりと突き刺す。雅雄は悲鳴を上げ、矢を払おうとするが腕から抜けない。矢は発光し、点滅する。


「クエストの受託報酬よ。これが刺さっていると発信器みたいに位置がわかるの。現実世界でもね。基本的に抜けないみたいだから、諦めなさい」


 静香はニッコリと満足げに笑う。雅雄もツボミも、逃げられない。

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