56 悪魔の誘惑
その日の夜、いつものように雅雄とツボミがワールド・オーバーライド・オンラインにログインして〈名もなき村〉に出現すると、いきなりステータスウインドゥがポップした。雅雄は何事かと慌てるが、ツボミはすぐに状況を把握する。
「メールが来てるね。『クエストのお知らせ』だってさ」
そういえばそんな機能もあるのだった。使ったことがないから忘れていた。雅雄にもツボミにも同じメールが来ているようだ。ツボミがメールを開き、雅雄も一緒に見せてもらう。
『クエスト:仮面の剣士を撃破せよ! 受託条件:なし クリア条件:『??? Lv.68 ロード』の撃破 報酬:クエスト受託で〈マーカーアロー〉×3 撃破成功で100万クォン 備考:仮面の剣士は黒薔薇の剣〈ブラック・プリンス〉をドロップ』。
「これって……」
間違いない。〈名もなき村〉のプレイヤー領主を務める謎の仮面の剣士のことだ。どうしてこんなクエストが発表されているのだろう。
雅雄が疑問に思っていると、ヤスさんが現れた。
「彼は、プレイヤーではないのだよ」
「え……? どういうことですか?」
雅雄はヤスさんの言葉でますますわからなくなる。プレイヤーでないなら、いったい何者だというのだ。
「彼は亡霊のようなものだ……。彼の意志の残滓が仮面に宿り、未だ彼は戦い続けているのだよ……」
ヤスさんは遠い目をするが、全く意味がわからない。雅雄は首を傾げるばかりだったが、ツボミは質問した。
「それで、神様は何をしに来たんですか?」
まさか雅雄たちの疑問に答えるためにやってきたというわけでもあるまい。ヤスさんには何か目的があるはずだ。ヤスさんは雅雄とツボミに通達した。
「うむ、本題に入ろうか。悪いが、君たちのクエスト参加を認めない。君たちは彼に関わらないように」
雅雄とツボミは顔を見合わせる。
「そりゃまあ、別にいいですけど……」
「どうせボクらじゃ勝てっこないし……」
報酬もドロップアイテムも魅力的ではあるが、全く勝ち目がないのに戦おうとは思わない。二人の反応を見て、ヤスさんはホッとした表情を見せる。
「彼は私の協力者の一人だったんだがね……。残念ながらすでにゲームオーバーになっているのだよ。君らが関わるのは危険すぎる。だから忠告に来させてもらった。君たちはきっと、彼とまともに戦うことができない」
このゲームを作製するにあたってヤスさんに協力していた人物が、不正な手段を使って介入しているということらしい。仮面の剣士がそんな悪い人には見えないが、ヤスさんが言うのだから仕方がない。
元より仮面の剣士と戦う気などない雅雄たちは普通に遊んでからログアウトした。
翌々日、理科の時間。雅雄が準備室へと実験に使う器具を取りに入ったところで突然電気が消え、ドアが閉められた。驚いて雅雄はドアの方を向く。暗闇の中で静香がたたずんでいた。
「し、静香ちゃん!? な、何なの!?」
授業中でツボミが絶対来ないタイミングで雅雄を襲ってきたのか。いや、でも授業中ならメガミがすぐに感づいてくれて……。
雅雄は青ざめ、ニコニコしながら静香は近づいてくる。静香はメガミが介入する隙を与えずチェックメイトを掛けるつもりだ。静香はひんやりした手で雅雄の手を包む。
「ねぇ、雅雄、お願いがあるの。この間発表されたクエスト、私たち受けることにしたの。協力してくれない?」
「ぼ、僕に何をしろっていうの……?」
仮面の剣士と戦うのに、雅雄は全く役に立たないだろう。意味不明だ。
「簡単よ。香我美さんを指定の場所に呼び出してくれればいいの。香我美さんを殺そうとすれば、絶対やつは現れるから」
反PK派の仮面の剣士なら、確かに助けに来てくれるかもしれない。でも、ツボミである必要はないだろう。
「そっか。雅雄は知らないのね。まあいいわ。私が求める答えは、『はい』か『イエス』のどっちかだけよ?」
「どっちも同じじゃないか……」
雅雄はもう半泣きである。いや、しかし勇気を出して断ろう。今、静香にボコボコにされたとしてもツボミがきっと倍返ししてくれる。
雅雄の思考を読んでか、静香は悪魔の笑みを浮かべる。
「もちろん、報酬は全部雅雄にあげるわ。お金も、伝説の剣もあなたのものよ? 百万クォンと〈ブラック・プリンス〉があれば、雅雄もメガミのパーティーに入れるんじゃない?」




