55 静香、イライラ
そしてまた、数日が経過した。昼休み、雅雄はツボミとともに旧校舎の屋上で昼食をとる。本来旧校舎屋上は進入禁止だが、鍵が壊れているので自由に出入りできる。先生が見に来ることもない。雅雄もツボミに引っ張られて、ちょっとだけアウトローに挑戦したのだった。
「ありがとう。わざわざ、お弁当作ってくれて」
「ん? いいんだよ、自分のを作るついでだから。いつも菓子パンじゃ、飽きるだろう?」
うちの中学に給食はない。弁当なりパンなりを持参するか、高等部と共用の食堂か購買部を使うかだ。今日はなんとツボミが手製の弁当を作って持ってきてくれた。自分でいうのもなんだが、まるで付き合っているカップルのようだ。
(いや、僕らは付き合っているわけじゃないはずだ。ただ、パーティーを組んでるだけさ)
雅雄が好きなのはメガミだったはずだ。だからツボミとは付き合っていない。ここのところメガミと全く会話はしていないけれど。ツボミと一緒にいると、メガミは全く話しかけてこない。ただ、悲しそうに雅雄の方を見るだけだ。それでも雅雄はツボミと一緒にいてしまう。楽しいから。
「? どうしたの? ボォッとしちゃって」
「な、なんでもないよ。それより、このだし巻き卵、おいしいね」
「そうだろう? ネットで有名店のレシピを調べたんだよ」
ツボミは雅雄の下手なごまかしを何の疑問もなく受け入れる。よくも悪くもツボミはピュアだった。雅雄は話題を自分の得意分野に変える。
「そ、そうなんだ! そういえばこの前貸してもらったゲームだけど、すごくよかったよ! ラストがすごく切なかった……」
「そうだろう! あれは兄さんのお薦めだったんだよ!」
その後も会話は盛り上がり、あっという間に昼休みは終わった。
五時間目の休み時間、廊下を歩いていると雅雄は静香に捕まった。雅雄は人気のない旧校舎で壁際に追い詰められ、静香に詰問される。
「昼休み、どこに行ってたの?」
「えっと、旧校舎の屋上に……」
「誰と?」
「ツ、ツボミ……」
やばい、静香はかなり怒っている。しかし雅雄にはごまかすことができない。嘘をついたら一発で見破られて、さらに酷い目に遭う。
「私、前に言ったわよね……? 『香我美ツボミに惚れたら殺す』って……! 私のかわいい雅雄はどこに行ってしまったのかしら? 私の言うことが聞けないなんて……!」
静香は怒りに顔を歪ませながら、雅雄の瞳を覗き込む。雅雄にどうしろというのだ。
「いや……その……ごめんなさい……」
とりあえず謝ってみるが、静香が落ち着く気配はない。やばい。このまま殺されそうだ。雅雄が半泣きになっていると、救世主は現れた。
「君、雅雄に何してるの? もう一回ボクが相手になろうか?」
「香我美ツボミ……!」
静香は舌打ちして、ツボミをにらみつける。ツボミは負けずににらみ返した。
「雅雄に手を出すなら、ボクは何度でも君を打ちのめすよ。わかるだろう? 君じゃ絶対ボクには勝てない」
「グッ……!」
ツボミの完全に静香を見下した物言いに、静香は呻くだけだった。確かにツボミの言う通り、まともに殴り合いすれば静香はツボミに勝てないだろう。裏で策謀を巡らそうにも、それらしいことがあれば必ずツボミは静香にダイレクトアタックをかける。核ミサイルを撃ち合えば、より強力な核ミサイルを撃てる方が勝つのだ。
「覚えてなさいよ……! 絶対に後悔させてやるから! 死ぬよりも辛い目に遭わせてやる! 私が本気になったら、あんたたちなんてすぐ滅茶苦茶にできるんだから!」
顔面蒼白になった静香は、捨て台詞を吐いてその場を去る。ツボミは静香を見送り、得意げな笑みを浮かべて言った。
「大丈夫だよ、雅雄。君はボクが守るから」
「う、うん……」
雅雄はうなずくが、静香の言葉が気になって仕方ない。基本、静香は有言実行である。そして、意味のない嘘はつかない。静香は本当に何かやるつもりだ。ツボミのように、脳天気に構える気にはなれなかった。
○
バカなツボミは気付いていないが、静香には雅雄とツボミの絆を簡単に断ち切ることが可能だった。ツボミが現実世界で雅雄を襲ったのとは反対に、ワールド・オーバーライド・オンラインで襲撃を掛ければいい。圧倒的なレベル差で、ツボミも雅雄も虐殺することができるだろう。そしてゲームオーバーとなれば、雅雄とツボミはゲームに関する記憶を失ってお互いのことを忘れる。
ただ、障害物はある。メガミは静香が雅雄やツボミに危害を加えるのを何としても阻止しようとするだろう。ツボミは嫌いだけど雅雄は好きだし、静香は大嫌いなので絶対メガミは動く。
静香はPKとして少し有名になりすぎてしまったため、隠密行動も難しい。雅雄とツボミが拠点としている【名もなき村】に静香が向かった時点で、間違いなくメガミは行動を起こす(静香は【名もなき村】に一度も行ったことがないため、ショートカットはできない)。
といってもメガミも一介の中学生に過ぎない。抑える策はいくらでもある。が、もう一人はそうもいかない。仮面の剣士である。彼も【名もなき村】を拠点にしている。雅雄とツボミを殺そうとすれば、高確率で反PKの仮面の剣士が出張ってくるだろう。
仮面の剣士はある意味メガミより厄介な相手だ。彼が持っている黒い剣は、オーバーライドと関係なく強力である。メガミたちなら戦闘になってもオーバーライドを空撃ちさせて消耗を待つという手が使えるが、仮面の剣士には通用しない。
(やつを潰さないと何もできないわ……!)
それに、ただ理不尽な暴力で雅雄を屈服させるだけでは、静香の気が済まなかった。雅雄は理不尽に慣れきっている。暴力だけでは、雅雄は諦めて受け入れるのみであり、苦しめることなどできはしない。
何としても、雅雄に静香なしでは生きていけないと思わせるほどの苦悩と絶望を。ツボミににらまれ怒りと屈辱の撤退を強いられる中、静香の脳内ではここまでの思考が展開された。




