54 ありふれた一日
学校が終わった後、ツボミは着替えてから雅雄の家にやってくる。いつも小綺麗な格好はしているけど、ツボミの私服は派手な改造制服に比べると地味で普通だ。最初の頃はそれが新鮮で、ツボミが普通の女の子に見えて仕方なかった。
ツボミは鍵が開いているのを知っているので、チャイムも押さずずかずかとまるで住人のように入ってくる。先に帰宅している雅雄は足音でそれを察し、少し緊張しながらもリビングでツボミを待った。
「お待たせ~! うわっ、散らかってるね」
「ごめん、昨日の夜ミヤビが来ちゃって……」
リビングには女物の服が脱ぎ散らかされ、テーブルには化粧品が広げられているという有様だ。夜中にいきなりミヤビがやってきて、一人ファッションショーを開催したのだ。そりゃあミヤビの家でもあるから来るのは構わないのだけれど、片付けはちゃんとしてほしい。雅雄も一人で片付けを試みたが、結局間に合わなかった。
ツボミも雑談しながら片付けに加わってくれる。雅雄は喋りながら手を動かし続ける。
「ああ、妹さんだっけ。一緒には住んでないんだね」
「うん、近所の叔母さんのところにいるよ」
「結構女の子にしては服のサイズ大きいなあ。身長高い子なの?」
雅雄は首を傾げる。
「う~ん、そんなイメージないけどなあ」
「また今度紹介してよ。雅雄の妹さんなら挨拶しとかないと」
「もちろん。またミヤビが来てるときにね」
雅雄がそう言ったところで、ちょうど片付けは終わった。
ワールド・オーバーライド・オンラインに二人でログインしてひとしきり遊ぶ。エンジョイ勢をやっていると一日は短い。すぐに雅雄とツボミはログアウトして戻ることとなった。
「まあまあ進むことができたね。多分、もうちょっとで宝箱のところまで行けるよ」
「そうだね。明日にはクリアしたいかな」
戻ってきて、リビングでまた話す。時間は十九時前。そろそろご飯の支度をしなくてはならない。雅雄がそわそわしているのを見てツボミは察してくれる。
「そろそろご飯の準備しなきゃだね。今日も作らせてもらっていいかい?」
「え、いや、いつもいつも悪いから、今日は僕が作るよ」
ここのところ、遊びに来たツボミはそのまま居着いて夕食を作ってくれていた。意外なことにツボミは手先が器用で、料理ができる。しかしツボミに甘え続けるのも悪い。雅雄は今日こそ自分が作ると申し出る。
「前にも言ったろ? ボク、料理は嫌いじゃないからさ。やらせてよ。家ではあんまりやらせてくれないんだよ。ボクの料理は華がないからってさ」
ツボミはそう言ってさっさと冷蔵庫を開き、テーブルに食材を並べ出す。
「気にしなくていいんだよ? 材料費は君に払ってもらってるわけだし」
ツボミが家に入り浸るようになってから、冷蔵庫は華やかになった。雅雄は安くて簡単な料理しか作らないが、ツボミは一手間掛ける。
「て、手伝いくらいはさせてよ」
「もちろん。そしたら雅雄、キャベツを切っててくれるかな?」
「わかった!」
ツボミは鼻歌を歌いながら包丁を振るい始める。雅雄はお母さんに指示される子どものようにせわしなく動いてツボミを手伝い、ほどなくして料理はできあがった。
トンカツに味噌汁、それにたくあん。ツボミが作ってくれた夕食を一緒に食べる。ツボミは特別料理がうまいというわけではないが、自分で作る料理とは全然違う。何というか、ツボミは一手間二手間掛けてずぼらな男飯では味わえない「家庭の味」を作ってくれるのだ。
今日のトンカツも衣が厚すぎて不格好でお世辞にもおいしそうとは言えないけれど、手間は掛かっている。ツボミの料理を食べると小さい頃を思い出し、落ち着くような懐かしいような気分になる。
誰かと喋りながらの夕食というのも雅雄には新鮮だった。食卓の話題はやはり先ほどまでログインしていたワールド・オーバーライド・オンラインのことである。
「塔の二階で雅雄が落とし穴に落ちちゃったときは、どうしようかと思ったよ。隠し部屋に入れたから、結果オーライだったけどね」
「そうだね。でも、僕だって焦ったんだよ? 三階でツボミが戦闘中にこけちゃって……」
「う、その件は悪かったよ……。でも、大事にはなってないだろう? すぐに、君が助けてくれたから」
「ま、まあね」
「ありがとう。きっと君がいてくれないと、だめだった。感謝してる」
ツボミは満面の笑みでそう伝えてくる。直球で謝意を示されると、雅雄は照れてしまう。
「う……。いや、僕もツボミにはすごく助けてもらってるから……その、ありがとう」
「ふふっ。どういたしまして。何ていうか、ボクは君といると凄く落ち着くんだよね。君となら、どんなことだってできそうな気がする」
多分、落ち着くのはツボミが元々雅雄を見下していたからだろう。雅雄の前では変に肩肘を張って格好をつけなくて済むため、気持ちが楽になる。また、どんなことだってできそうな気がするのは思春期特有のはしかのようなものだ。魔法少女でその他諸々もずば抜けて優秀なメガミならともかく、普通の中学生二人が集まって何ができるというのだ。
「雅雄、ボクの右腕になってよ。ボクも君の右腕になるからさ……」
なお、雅雄は左利きである。左手で箸を使っているのを見ればわかるだろうに。でも、穏やかに笑っているツボミを見ていると、とてもそんなことは言えない。
夕食が終わった後はツボミが持ってきたレトロゲームを二人でだらだらとやって、二十一時を回る頃にツボミは帰っていった。いつも思うが、中学生の分際でこんなに遅く帰ってツボミは大丈夫なのだろうか。ツボミの家庭が心配である。
雅雄は一人で後片付けをした後、ベッドに寝転がる。今日も楽しかった。誰かと一緒の食卓なんて、ツボミが通ってくるようになるまで雅雄には一切なかったのだ。ツボミと他愛のない会話をすることで、雅雄は随分救われている気がする。
「でもお兄様、本当にいいの?」
またミヤビがこっそり忍び込み、雅雄の顔を覗き込んでいた。
「いるならいるって言えよ……」
雅雄は今の生活が楽しいのだ。ミヤビに何か言われようと気にすることはない。
「かわいそうなお兄様。今のままだと神様にもなれないし、メガミも手に入らないわ」
「……」
雅雄が好きだったのはツボミではなくメガミだったはずだ。でも、ツボミと会うのをやめられない。
「だって、お兄様はメガミにちょっと相手にされてたのが嬉しかっただけだもの。ツボミの方がもっと相手にしてくれるから、そっちに流れてるのよ。でもいいの? ツボミはメガミと違うわ」
「何が言いたいんだよ……」
「ツボミはお兄様のトロフィーにはなれないわ。だってツボミは、ただの石ころだもの」
「僕はツボミもメガミもそんな風には思っていないよ!」
なんて失礼な言い草だ。思わず雅雄は声を荒げる。しかしミヤビはニヤニヤと笑うばかりだ。
「お兄様は最初からメガミのことなんかどうでもよかったのよ。誰でもよかったの。ツボミのことも、そのうちどうでもよくなるわ」
不愉快すぎる予言をささやかれ、雅雄は身を震わせる。ミヤビは構わず喋り続けた。
「ツボミと一緒にいても、お兄様は永久に何者でもないままよ。神様の力を手に入れられず、ツボミと一緒に背景に溶けていくの……」
「いいんだよ、僕は平凡で……」
「お兄様は素直じゃないわ。うふふ、本当におかしい……!」
ミヤビは無駄に部屋の中をクルクル回る。雅雄は目を閉じて、その場をやり過ごした。




