52 二人の栄光
特大キバいのししは足を集中攻撃されたことで、次第に動けなくなってきた。勝てる。雅雄もツボミも次第に勝利を確信し始めるが、ここでいのししは「フォォォォン!」と鼓膜が破れそうなくらいに大きな声で鳴いた。
鳴き声に応じて『暗闇バット Lv.10』がわらわらと集まり始める。暗闇バットには隠蔽が通じないらしく、木陰に潜んでいた雅雄は攻撃を受けていのししの前に飛び出さざるをえなくなる。そこを、いのししのキバが襲った。
「うわあっ!」
雅雄は辛うじて〈シルバーシールド〉で受ける。凄まじい衝撃が雅雄の体を駆け抜け、雅雄は地面に叩きつけられる。HPゲージはごりごりと削られ、一気にイエローゾーンに入った。このまま殺される。雅雄は覚悟する。
「『リトル・フレイム』! 『リトル・フレイム』! 『リトル・フレイム』!」
しかし、雅雄は死ななかった。慌ててシノが呪文を連発し、いのししの目を引きつける。ツボミはショックと痛みで動けないでいた雅雄のところに駆けつけ、立たせる。
「ほら! しっかりして!」
「う、うん……! は、早く逃げないと……」
「逃げずに戦うって言ったのは、君だろ!」
ツボミは発破を掛け、雅雄は立ち上がる。今の雅雄には、仲間がいるのだ。すぐに諦めることはない。雅雄にとっては、初めての経験だった。
雅雄はツボミとともに剣を構える。雅雄の前で特大キバいのししは山のように微動だにせず、空には暗闇バットが乱舞している。状況は絶望的だ。でも、背を向けて逃げようとは思わなかった。
「そうだね……。最後まで、やろう……。たとえ負けるのだとしても……!」
雅雄は自分に言い聞かせるように言う。少し体が震えたが、武者震いだ。泣きそうだけれど、そうに違いない。
「よく言った! その心意気だ! 俺が絶対に、君たちを負けさせたりはしない! 助太刀させてもらおう!」
突如、くぐもっているがはっきりとした声が響いた。声の主を、雅雄たちも知っていた。真っ黒な仮面に、黒薔薇の紋章が描かれたマント。メガミパーティーに参加して不死身の双頭竜と戦った、仮面の剣士だ。いったいどうしてこんなところに現れたのだろうか。
「領主様! 来てくれたんやね!」
「遅くなって悪かったな! 間に合ってよかった!」
嬉しそうにシノが声を上げ、仮面の剣士も応えた。そういえばシノは、今回の討伐に当たって領主に手紙を出したと言っていた。彼が【名もなき村】の領主だったのだ。言われてみれば村に建っている領主の館には、彼のマントと同じように黒薔薇の紋章が刻まれていた。
「あの人、プレイヤー領主なんだ……」
ツボミはつぶやく。仮面の剣士のステータス表示は『??? Lv.68 ロード』である。バロン、デューク、ロードといった爵位系の職業には、自分の領土を持っていないと就くことができない。仮面の剣士はクエストをクリアして、村を領地としているのだろう。
爵位系で得られるスキルは剣士系とほぼ変わらないが、課せられている時間制限と別に領地で起きるイベントに参加できるという特典があった。仮面の剣士はイベントが起きたのを知って、雅雄たちが森に入った後にログインしてきたらしい。
ともかく、彼が助けてくれるのは心強い。仮面の剣士は例によってオーバーライドの光を発しながら、縦横無尽に剣を振るう。あっという間に暗闇バットたちは叩き落とされ、道筋ができる。シノも最後のMPを使って雅雄とツボミを強化する。
「『リトル・ブースト』! もう少しやから、がんばるんよ~!」
NPCのシノが言うことなので信じていいだろう。もう少しで勝てる。雅雄の隣でツボミがニッと笑った。
「ボクたちは正しいんだ……! 行こう!」
「う、うん……!」
雅雄とツボミは剣を振りかざし、正面から特大キバいのししに突っ込む。いのししはキバで迎撃しようとするがツボミはスッと身をかわし、雅雄は地面を転がって避けた。足を傷つけられ、立っているだけで精一杯のいのししにもう為す術はない。
狙いは首元だ。雅雄とツボミはいのししの足の下に潜り込み、何度も首元に斬りつける。真っ赤な血が噴き出し、二人を赤く染めた。
いのししは最後の力を振り絞り、一歩だけ引いて上から牙を振り下ろす。攻撃に夢中になっていた二人は避けられない。雅雄はとっさに反応した。
「『スパロースラッシュ』!」
ジャンプしながら斜め上に剣を振るという対空技だ。はじまりの洞窟探索中にスキルカードを入手し、習得していた。青のオーラが噴出していのししの攻撃を無効化し、剣はいのししの鼻先を斬る。
もう、いのししにモーションスキルのダメージ量に耐えられるHPは残っていない。いのししはゆっくりとその場に倒れ、慌てて雅雄は退避した。
「勝てた……ね。うわっ!」
いまいち実感がわかず、雅雄はその場で息をつく。しかしツボミは子どものように喜び、雅雄に飛びついた。
「やった、やったんだ! ボクたちはやったんだよ!」
ツボミは無邪気に雅雄を抱きしめたまま飛び跳ね、全身で喜びを表現する。や、柔らかいものが雅雄の腕に当たっているのですが……。雅雄は顔を真っ赤にして何も言えない。
リザルトウインドゥがポップする。得られた経験値1000、お金は500クォン。そして聞き慣れない派手なファンファーレが鳴って、さらにウインドゥが開く。
『香我美ツボミはレベルアップした! ちから+3 がんじょうさ+1 すばやさ+5 きようさ+1 かしこさ+0……』
○
ワールド・オーバーライド・オンラインからログアウトした雅雄は、ログインしたときの草むらに寝転がった状態で目を覚ました。周囲はすっかり暗くなっていて、虫の鳴き声が聞こえるばかりである。多分、もう深夜だろう。日付が変わっているかもしれない。
長時間ログインしていたせいか体が重く、すぐには動けそうもない。雅雄は昔、夜の散歩をして魔法少女メガミが戦っているところに出くわしたときのことを何となく思い出す。あのときはとても怖くて、とても寒かった。今はとりあえず寒くはない。なぜだろう。
そう思って横を向いて、雅雄は固まった。温かいわけだ。ツボミが雅雄の右腕に抱きつくような格好になっている。
「ん……」
「うわあああっ!」
ツボミが目を覚ましそうになり、雅雄は慌てて上半身を起こす。ところがツボミは思ったよりも強く雅雄にしがみついていて、一緒に起き上がってしまう。雅雄にツボミが寄り掛かるような姿勢となった。
雅雄はますます慌てるが、ツボミは落ち着いていて、普通に雅雄から離れる。
「ん? ああ、ごめんごめん、ボク、抱き枕がないと眠れないタイプだからさ」
「そ、そうなんだ……」
雅雄はぎこちない笑みを浮かべて応対するが、ツボミは優しく笑う。
「今日はありがとう……。久しぶりに、楽しかったよ」
特大キバいのししを倒したことでクエストはクリアできた。雅雄たちは村に戻り、英雄として村人に称えられた。シノは雅雄にレアアイテム〈反射鏡〉を渡し、軽くハグしてくれた。ついでにツボミの分の〈身代わりのお守り〉もゲットだ。本当に久々に、ゲームで達成感を味わうことができた。
「こっちこそ、ありがとう。誰かとゲームするのも、悪くないものだね」
今日、得られる経験値がやたら多かったのは、多分二人でパーティープレイをしたからだ。人生ソロプレイヤーの雅雄とツボミだからこそ、協力プレイで経験値が増えた。
「うん。やっぱりゲームは一人じゃない方がいいね……」
ツボミは昔を懐かしむような、遠い目をする。さらにツボミは雅雄に提案した。
「よければこれからも、一緒にやらないかい?」
「うん、喜んで。よろしく、香我美さん」
雅雄がそう言うと、ツボミはいつも学校で浮かべていたような自信満々の笑みを浮かべる。
「ツボミ、でいいよ。ボクも君のことは雅雄、って呼ぶから」
どこか嘘くさい、とツボミの笑顔をずっと思っていた。けれども、今はツボミの笑顔が自分を奮い立たせようと必死にがんばっている笑顔に見える。雅雄はうなずく。
「よろしく、ツボミ」
「よろしく、雅雄」
二人は一緒に山を下りて警察に補導され、ツボミの両親と先生に、こっぴどく叱られた。けれど叱られたことさえ、何故か雅雄は楽しく思った。




