51 クエストボス
そうして三十回以上は戦ったと思う。さすがは時間無制限のクエストだ。どれくらいの時間が経過したのか、全然わからない。さすがに疲れてきた。
「シノ、まだやるの?」
「う~ん、どうしようかね~。そろそろ私もMPがなくなりそうだし、みんなに言って帰るようにしようかね~!」
雅雄に訊かれ、シノは思案顔になる。まだクエストボスがいるはずだが、終わりが見えない。いったん中断できるなら、潮時ではないか。雅雄はチラリとツボミの方を見た。
「いいと思うよ」
中断に同意するツボミを見て、雅雄は慌てて目を逸らす。ツボミは、とても穏やかな顔をしている。今まで、ツボミのこんな顔は見たことがなかった。前はいつも作り物のような格好をつけた笑顔を浮かべていて、雅雄を学校で襲ったときには本気の怒りをぶつけられた。そして、復学してからはずっとふて腐れたような顔ばかり。
きっと、これが背伸びをしていないツボミ本来の表情なのだ。ツボミは美人だけれども、特別に美しいとは思わない。特別にかわいいとも思わない。でも、だけれども、今の表情にはどこかひかれるところがあった。
「んじゃあ、みんなに言ってみるんよ~!」
中断は可能らしい。雅雄とツボミの意見はまとまっている。シノは中断を提案するため、他の村人のところに行こうとする。しかしここで、雅雄たちの方にシノのお父さんが駆けてきた。
「皆さん、大変です! とびきり大きいキバいのししが出ました!」
「えっ……?」
振り向いた雅雄は呆然とする。森の木々より遙かに大きいダンプカーほどの化け物が、少し離れたところにのっそりと屹立していた。『特大キバいのしし Lv.30』。あれがクエストボスらしい。どうやって倒せというのだ。
雅雄が青ざめていると、ツボミが冷静に提案した。
「ボクらもあれには勝てないよ……。逃げよう」
しかし雅雄は冷や汗を垂らしながらも拳を握りしめ、首を横に振る。
「逃げるわけにはいかないよ。あれを倒さなきゃ、クエストをクリアできないんだから……!」
「私からもお願いするんよ! あんなのがずっといたら村は終わりやから……!」
「そうだよ! 僕はシノのためにも、あいつを倒したい……!」
シノに懇願され、雅雄は強い調子で主張するが、はたと気付く。シノは雅雄にとっては特別だが、ツボミからすればクエストのお助けキャラに過ぎない。たかがNPCに入れ込む変なやつのように思われないだろうか。
雅雄は心ない言葉を掛けられるのでないかと身構えるが、ツボミはかつて学校で見せていたように、かっこよく笑った。
「うん、やろう! ボクたちなら、きっと勝てるさ!」
雅雄も、何も勝算なく戦うと言い出したわけではない。あの巨体なら森の中で満足に動けないだろうと見越して、挑戦を決意した。ただし雅雄もツボミも一撃でも喰らえば即死しかねないため、細心の注意を払って連携しなければならない。
作戦は単純だ。雅雄が右側から、ツボミが左側から攻撃を仕掛け、危なくなればシノに支援してもらう。とにかく相手に的を絞らせず、何もできないうちに倒してしまうのだ。
「僕から行くよ!」
雅雄は木々に身を隠しながら特大キバいのししに接近し、前足に斬りつける。いのししは「フゴォ!」と大きな呻き声を発し、前足で雅雄を払いのけようとした。近づいてみると、足は太くて毛はごわごわと密集していて、余計に大きく見える。石槍でマンモス狩りでもする気分だ。
自分の中で恐怖心が膨らんでいるのを感じつつ、雅雄はいのししの前足を避けた。いのししは敵の存在を認識し、雅雄に向かって巨大なキバを突き出す。生暖かくケモノ臭い息を吹きかけられると同時に鋭いキバが迫ってくる。
「次はボクの番だ!」
すかさずツボミはカットに入る。ツボミはいのししの死角に走り込んで剣を振るい、後ろ足に傷を与えた。雅雄はイノシシがツボミに気を取られている間に木陰へと身を隠す。〈ダークレザーコート〉の隠蔽効果は戦闘中でも有効だ。物陰に隠れて動かなければ、いのししは雅雄を発見できない。
ツボミは持ち前の素早さを活かしてすぐに離脱し、入れ替わりに雅雄が飛び出す。このルーティーンでいのししを倒すのだ。
三回ほどヒットアンドアウェイを繰り返したところで、ミスが出た。雅雄が攻撃の後、隠れようとして足を滑らせたのだ。こけてしまった雅雄に、いのししのキバが迫る。
しかし慌てる必要はない。ある程度のミスは織り込み済みだ。後方で控えていたシノが出てきて、雅雄をカバーする。
「雅雄、今助けるんよ! 『リトル・フレイム』!」
シノの指先から放たれた小さな火球が、いのししの鼻を直撃する。シノはレベルアップして攻撃魔法を使えるようになっていたのだ。いのししが一瞬怯んだのを見て、雅雄は手近な木の影に隠れる。いのししはシノの方に向かおうとするが、ツボミが後ろから攻撃してまたいのししを引きつける。このまま続ければ、何とかなりそうだ。




