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46 反撃の名案

 静香の嫌がらせが上履きを隠す程度で終わるはずがない。ツボミが教室に入れば上から黒板消しが落ちてきてツボミはチョークの粉をかぶり、自席には菊の花が飾られていた。休み時間に少し席を離れている間には体操服をビリビリに破かれ、椅子には画鋲が仕掛けられる。階段を歩いていれば上から花瓶が落ちてくる。


 小学生レベルの幼稚ないたずらから洒落にならないものまで、至れり尽くせりだ。全部静香の単独犯というわけではない。いくつかは静香が自分でやったのだろうが、基本的に静香は他の女子を煽っただけである。


 元々ツボミは派手な格好で目立ち、一部の女子からの反感を買っていた。静香は燻っていた火種を大きくしたに過ぎない。静香が要所要所で過激な行動をとることにより、影響された他の女子からの攻撃もエスカレートしていくという仕組みだ。三日ほどでツボミの教科書類や鞄は、全てだめにされた。


 ここまで来るとさすがに周りが止めに入りそうなものだが、肝心のツボミが助けを拒否しているので救われない。疑心暗鬼になっているのか、話しかけようとする者全員を睨みつけて威圧するのである。虐待されていた野良犬のようなすれた目つきで見られたら、誰だって何も言えなくなる。ツボミの周囲には一人も寄りつかなくなっていた。




 そうして数日が経ち、セーラー服姿のツボミを見ても違和感を覚えなくなった頃。休み時間、雅雄が旧校舎二階のトイレでぼんやりしていると、何やら隣の女子トイレが騒がしい。飛び出して逃げようとすると鉢合わせそうなので、雅雄は男子トイレに留まり耳を澄ましてみる。


「ホラ、いるのはわかってんのよ!」


「返事しなさいよ!」


「これ! いいものがあった!」


「じゃあ、出すよ~!」


 女子の騒がしい声が聞こえたかと思うと、バシャリ! と水が撒き散らされる音が響いた。女子たちは何が楽しいのか「キャハハハ!」と嬌声を上げながらバタバタと乱暴な足音を立て、女子トイレから去っていく。


 雅雄はおそるおそる男子トイレから出て、女子トイレを覗いてみる。雅雄が思ったとおり、床が水浸しになっていて、蛇口から伸びたホースが放置されていた。古典的なやり口だ。個室に入っている人間に、彼らは上から水を掛けたのである。


 被害者が誰かもわかりきっている。個室のドアが開き、びしょ濡れのツボミが中から出て来た。水も滴るいい女、なんて表現もあるけれど、ツボミの場合はただただ痛々しいだけだ。でも、ピンク色のブラが透けているのはちょっとエロかった。


 あまりに酷いと思ったので、雅雄はスルーすることができず、話しかけてみる。


「えっと、その……大丈夫? 誰か呼んでこようか?」


 雅雄に直接できることはないが、メガミに頼めば着替えの手配程度はやってくれるだろう。雅雄の申し出に対し、ツボミは冷淡な対応をする。


「大きなお世話だよ。神林メガミなんか呼んだら、殺すからね……!」


 メガミの名前を出すと同時に、ツボミは般若の形相を浮かべる。ツボミはスカートからぼたぼたと水を垂らしている状態だった。よほどしつこく放水を受けたらしい。この分だと、下着まで濡れているだろう。外をうろうろできる格好ではない。


 雅雄だって小学校の頃ならともかく、中学校に入ってからはここまでされたことはなかった。かつての苦しみを思い出し、雅雄はツボミを哀れむ。女子のツボミは苦しみが雅雄の二倍だろう。普段ならツボミに睨まれた時点で逃げ出すところだが、なおも申し出る。


「いや、でも、それじゃあ外に出られないんじゃ……。じゃあ先生でも呼んでこようか?」


 しかしツボミはさらに苛立ちを募らせるばかりだ。ツボミは拳を握ってタイル貼りの壁を叩いて雅雄を威嚇する。


「君の顔を見ているだけで腹が立つんだよ! さっさといなくなれよ!」


「え、あ、う……ご、ごめんなさい!」


 そこまで言われれば仕方ない。ツボミの怒気を孕んだ声を受けながら、雅雄は退散した。




「ハァ……。どうしてこうなっちゃったのかなぁ……。僕が悪いのかなぁ……」


 帰宅してベッドに寝転がった雅雄はため息とともにつぶやく。雅雄がポロリと本音を漏らしただけでツボミが学校中から袋叩きに遭うことになろうとは。とんだバタフライエフェクトだ。


「お兄様、何を言っているの? どう考えても静香さんが悪いに決まってるでしょ」


 寝転がった雅雄の顔を上から覗き込み、ミヤビは言った。雅雄は顔を横に背ける。


「そりゃあ、そうだけどさ……」


 最初から静香はツボミを徹底的に叩く気だっただろう。元々静香はツボミをよく思っていなかったのだ。雅雄が何を言おうが関係なかった。


 じゃあ何故雅雄に「ツボミをどう思うか」などと訊いたのか。決まっている。雅雄の一言でツボミを攻撃し始めた、という形にすることで雅雄も苦しめたかったのだ。日に日にボロボロになっていくツボミと、それを見て心を痛める雅雄の二人を楽しむことができて、静香的には一口で二粒おいしい。静香の前世は鬼か悪魔に違いない。きっと死んだら地獄に墜ちるだろう。


「馬鹿なお兄様。わかってて罪悪感を感じているのね。何でも自分のせいだと思い込むのはよくないわよ?」


「……」


 雅雄も理屈では自分が悪くないことなどわかっている。でもツボミの姿を見る度、ツボミの顔を思い出す度、過去の自分を思い出して、胸が痛んでしまうのだ。昔は雅雄も、ああやっていじめられていた。無駄に繊細な自分が憎い。


「僕はどうすればいいんだろう……?」


「香我美ツボミを助けてあげればいいんじゃない?」


 ミヤビの言葉に雅雄は困惑する。


「いや、そんなことしたら僕も……」


「お兄様にも矛先が向くかもしれないわね。きっと香我美ツボミ本人も嫌がるでしょう。でも、いいんじゃない? 真性マゾのお兄様は、自分に罰を与えたいんでしょう?」


「そんな気はないんだけどなぁ……」


 口ではそう言いながらも、ミヤビの提案に雅雄は惹かれる。罪悪感は確実に軽減されるのだ。またミヤビは見逃していることだが、きっとメガミは雅雄を見直してくれるに違いない。ワールド・オーバーライド・オンラインでの脱落が決定的なだけに、メガミと接近するチャンスを作れるというのは重要である。


「それに、お兄様が一生懸命香我美ツボミを助けてたら、確実に静香さんは嫌がるわよ?」


「確かにその通りだ……! ミヤビ、名案だよ……!」


 ツボミに優しくするだけで、いつも雅雄をいいように振り回す静香に反撃できる。そう考えるとミヤビの提案は非常に魅力的だ。さっそく明日から実行しよう。

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