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45 静香、始める 

「僕は何も悪くない……。そうだよね……?」


 ツボミにリアルアタックされるという事件の後、早退した雅雄は一人自室で頭を抱えていた。手には未だにツボミを殴ったときの嫌な感触が残っている。ゲームでモンスターを斬ったときとは全然違う。もの凄く後味が悪い。


 ツボミは停学になる見通しだとメガミは言っていた。正式には出席停止ということらしい。辛うじて退学にはならなかった。いずれにせよ、今回問題を起こしたことは彼女の中学生活に重い十字架としてのし掛かることだろう。


 まさか雅雄がちょっと卑怯なことをしようとしただけで、ここまでのことになるとは。ほぼほぼツボミの自滅なのだが、非常に罪悪感を感じる。そもそもコバンザメ作戦でハイレベル装備を掠め取ろうということ自体、心のどこかで後ろめたく思っていたからだろう。だからといって何もせずに負けるのも嫌だった。


「うん……。僕が悪いわけじゃないはずだ……。香我美さんが悪いんだよ」


 雅雄は自分に言い聞かせるようにつぶやく。いつの間にか部屋に入り込んでいたミヤビはうなずいた。


「そうね、お兄様は何も悪くないわ」


「いるならいるって言えよ……」


 いくらミヤビでも、いきなり話しかけられると心臓に悪い。雅雄は嘆息した。雅雄の様子など気にすることもなく、マイペースにミヤビは喋り続ける。


「お兄様が気に病むことなんて何もないのよ。お兄様は香我美ツボミが弱くなったことを喜ばなきゃ。だって、香我美ツボミはLv.11でお兄様よりずっと強かったのよ? Lv.1まで落ちてようやくお兄様と互角なの。さっきもっとボコボコにして、再起不能に追い込むべきだったわ。そこまでやって、ようやくライバルを一人消したことになるの」


「いや、そんなこと、とてもできないよ……」


 死体蹴りもいいところだ。そこまで鬼にはなれない。ミヤビはニッコリ笑う。雅雄はまたも嘆息するしかなかった。




 ツボミの停学が終わるのは早く、次の週には復帰してきた。昼、保護者同伴で学校に姿を現したツボミはいつもの改造制服ではなく普通のセーラー服を着て、シュンとうつむいていた。


 雅雄は生徒指導室に呼び出され、ツボミの母親と担任がいる前で、ツボミの謝罪を受ける。


「……殴りかかったりなんかして、申し訳ありませんでした。ごめんなさい」


 ツボミは深々と頭を下げる。雅雄は作り笑いを浮かべ、言った。


「え、えっと、誤解を解こうとしなかった僕も悪かったと思うので、僕は全然怒ってないです。幸い僕も怪我しなかったし……。だから、頭を上げてください」


 ツボミは雅雄の言葉に従い、ゆっくりと頭を上げる。これ以上ツボミと関わりたくない。学校生活においてツボミを避けるのは簡単だ。またここ数日、雅雄はワールド・オーバーライド・オンラインにログインしていないし、ツボミも同じだろう。今さら向こうで会うこともない。


 その場さえ取り繕えればどうでもよかったので、雅雄は極めて簡単にツボミを許したわけだが、どこかツボミは不満げだった。というか、親や先生には見えないのをいいことに、ツボミは雅雄を睨んでいた。いったい何が気に入らないのか。本当に勘弁してほしい。


「じゃあ、ボクは学校に復帰してもいいんだね……?」


 半ば脅迫のようにツボミは雅雄に尋ねる。謝られているはずなのに、決定権を握っているのは雅雄であるはずなのに、全くそんな感じではない。


 ここでツボミの母親が怒声を上げた。


「コラ、ツボミ! 『私』でしょう!?」


 ツボミの母親は神経質そうな眼鏡のおばさんで、顔はあまりツボミと似ていない。でも、何となくであるが、ツボミがもっと普通になれば、このおばさんができあがるのではないか。この親子が「似ていない」と感じるのは、多分に雰囲気のせいである気がする。


「……」


 ツボミは母親に背を向けたまま口元をへの字に結び、雅雄を睨み続ける。だめだこりゃ。雅雄は半泣きで心にもないことを言う。


「ハハハ……。同じ学校の仲間だから、僕も香我美さんには早く復帰してほしいと思ってました。今回のことは、水に流しましょう!」


 ひとりでに乾いた笑いが溢れた。もはや雅雄はヤケクソである。もうどうにでもなれという気分だ。




(ハァ……。どうして僕がこんな目に……)


 心の中でため息をつきながら雅雄が教室に帰ると、静香が待っていた。静香は雅雄にツボミのことを訊く。


「あいつ、もう学校に戻ってくるの?」


「う、うん……。そうみたいだよ」


「雅雄、あいつのこと、どう思う?」


「やっぱ怖いかな……。さっきも凄い睨まれたし……」


 雅雄は正直な感想を漏らす。ツボミは隠していたはずの本性が剥き出しになっている感じだった。檻の中の猛獣のようで怖いし、そこまで雅雄がツボミを追い込んでしまったという事実も恐ろしい。人を本気で怒らせるなんて、久しぶりだ。謝って許されるなら、コメツキバッタのごとくいくらでも頭を下げるのに。


 しかし静香はそんなことを訊いてどうするのだろうか。少なくともツボミの中では、静香は全く関係ない第三者だ。雅雄が首を傾げていると、静香はニッコリ笑った。


「そうなんだ……。私の雅雄に手を挙げておいて、反省の色なしってことね……! これはナデナデしてあげなきゃいけないわね……!」


「ぼ、僕は全然気にしてないんだけどね!?」


 慌てて雅雄は言ったがもう遅い。雅雄は絶好の大義名分を静香に与えてしまった。


「大丈夫、ちゃんとあいつが泣いたり笑ったりできないようにしてあげるから」


「えぇ……」


 静香は鼻歌を歌いながら教室を出て行く。さっそく根回しを始めるらしい。やってしまった。これは確実に酷いことになる。




 その日、ツボミは雅雄への謝罪(一応)が終わると帰り、翌日から授業に復帰した。ただ、元通りとはいかない。静香による嫌がらせが始まったのだ。


 朝、雅雄がギリギリで靴箱に飛び込むと、セーラー服姿のツボミが立ち尽くしていた。ツボミは眉間に皺を寄せ、自分の名前が書かれた靴箱を凝視している。すぐに雅雄には察しがついた。ツボミは上履きを隠されたのである。さすが静香、仕事が早い。


(静香ちゃん、始めちゃったんだ……)


 雅雄は嘆息する。今頃ツボミの上履きは、ゴミとしてきっちり処分されているだろう。証拠は出ないしツボミへのダメージは大きい。


「……」


 雅雄の視線に気付いたツボミはバタンと乱暴な音を響かせ、靴箱の蓋を閉める。雅雄はビクリと身を震わせるが、ツボミはさすがに雅雄に危害を加えたりはせず、裸足で教室の方へ行ってしまった。あまりの剣幕に、雅雄はもちろん周囲の誰もが声を掛けられない。


 結局その後、一日中ツボミは裸足で過ごしていたようだった。

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