39 オーバーライド
「私たち……生きてる?」
「……ええ、生きてますよ、姉さん」
火の海の中で、火綱と冷司はよろよろと立ち上がる。ブレスの温度が高すぎて、床面そのものが発火していた。炎が消える様子はなく、酷いことになっていた。遠くから見ていただけの雅雄も恐怖のあまり思わず失禁しそうになったくらいである。
それでも火綱と冷司が生き残ったのは、メガミのおかげだ。メガミが盾で炎を遮り、直撃を避けたのである。Lv.70相当の盾や鎧が、溶解してボロボロになっていた。そんな状態にもかかわらず、今もメガミは剣を振るい続けている。背後のパーティーメンバーを守るために。
ポツリと火綱は漏らす。
「やっぱ、私じゃ無理なのかな? 私じゃ、メガミの力になれないのかな……? 魔法少女になっても、私の魔力じゃ足手まといだった……」
「そうかもしれません。私も、メガミのようには戦えない……。私は男だから、魔法少女になれなかった……」
応じた冷司もうなだれる。しかし、落ち込むのは一瞬だ。すぐに二人は前を向く。
「でも、この世界なら違うはずよ。思いの力で、いくらでも強くなれるんだから……!」
「ですね……! メガミの力になりたいという気持ちだけは誰にも負けないと、ずっと思ってきました……!」
火綱と冷司は並んで、剣と杖を交差させる。二人は、スペシャルバーストを使う。
「「思いの力で炎と氷を一つに! 目覚めよ、開闢の賢者!」」
共通の虹色エフェクトではなく、赤と水色の竜巻状エフェクトが二人を包む。現れたのは、紫色の鎧と真っ白なマントに身を包んだ賢者である。火綱と冷司はオーバーライドを使ってフュージョンし、一気にレベルを上げたのだ。
雅雄は驚く。ステータス表示は『開闢の賢者 Lv.80 ワイズマン』となっている。スライム系などフュージョンするモンスターがいるのは知っていたが、まさかプレイヤーがフュージョンできるとは。ステータス表示の中には、かつて魔王を倒した賢者云々というフレーバーテキストまで載っていた。モンスターになったような扱いらしい。
「「メガミ、いったん下がって……! ここは私が支える……!」」
「ありがとう! 任せたよ!」
火綱にも冷司にも見える顔をした賢者は、虹色のオーラを纏いながら、どちらともわからぬ声で呪文を唱えた。
「「絶対零度の氷河よ! 悪しき竜を封じ込めよ! 『ブリザード・インフェルノ』!」」
「「太陽が落とした炎よ! 邪竜を焼き尽くせ! 『フレイム・エクストリーム』!」」
開闢の賢者は右手から氷の呪文、左手から炎の呪文を放つ。一瞬で双頭竜の右半身が氷に、左半身が炎に包まれる。
「「ギャアアアアアッ!」」
双頭竜の二つの頭はダメージを受けながらも咆吼し、開闢の賢者めがけて炎のブレスとレベルドレインを放つ。メガミの影でブレスを凌いでいた仮面の剣士は前に出て盾となった。
「俺にそんな攻撃は効かないッ……!」
仮面の剣士はレベルドレインを受けるが、全くレベルに変化はない。見れば、手にした黒い剣が激しく発光していた。あの剣がレベルドレインを無効化しているようだ。多分、状態異常無効の属性がついているのだろう。高速移動スキルといい、チートという他ない。ブレスは開闢の賢者が氷の魔法で防いだ。
開闢の賢者は剣を振りかぶって双頭竜に斬りかかった。開闢の賢者は赤と水色が入り交じったオーラを身に纏いながら虹色のエフェクトを放出する。
「「攻撃こそが最大の防御……! 喰らいなさい、[炎氷魔斬混成聖連撃ヘルヴィム]!」」
斬撃のモーションスキルから始まり、開闢の賢者は杖による殴打や炎、氷の魔法のゼロ距離射撃をつなげていく。双頭竜は反撃をねじ込もうとするが、全て赤と水色のオーラが弾いてしまう。雅雄は確信した。間違いない。スペシャルラッシュだ。
(二人で一人だからってことか……!)
普通ならオーバーライドを二重に使うことはできないので、スペシャルバースト中はスペシャルラッシュを使用できない。しかし、開闢の賢者は火綱と冷司が一つになった姿だ。だから、オーバーライドを二つ同時に使用することができる。
一つとして雅雄がやれなかったことを同時にやってのけるとは。極限まで高まった二人の思いが完全にシンクロしているからこそ可能なのだろう。
(僕も誰かと一緒ならできるのかな……?)
ふと雅雄の頭にメガミの姿が浮かぶ。いや、ありえないだろう。だってメガミなら、きっと一人でさらに強力なオーバーライドを使えるから。どこまで行っても一人なのに、人に頼ろうと考える自分が酷く惨めに思えた。
やがてスペシャルラッシュは終わり、開闢の賢者は硬直に襲われる。しかし双頭竜は火傷、凍傷、切り傷、打撲痕でボロボロだ。さらに派手なエフェクトが効果音ともに全身を駆け抜け、追加ダメージが入る。とても反撃することができない。このまま開闢の賢者が押し切って終わるのではないか。そう思われたとき、なんと双頭竜は回復呪文を使った。
「「ギャアアアッ!」」
双頭竜が雄々しく吠えると、みるみるうちに傷が治癒していく。今まで、回復呪文を使うボスなんて聞いたことがなかった。ロンダルキアを抜けた後のシ○ー並みに鬼畜だ。フュージョンしてLv.80にオーバーライドしても倒せないなんて、ゲームバランスがデタラメである。
ただ、真打ちはまだ控えている。後方で静かに精神を集中していたメガミが、いよいよその力を発動させようとしていた。




