初日4
「というわけで、僕が戻るのは諦めて一緒に高校生活楽しもうよ!」
蓮の屈託のない笑顔と言葉を思い出しながら、宵はとぼとぼと廊下を歩いていた。
午後の選択授業は蓮とは別教科のため、1人で移動教室へと向かっている。
ずっと頭に浮かぶ蓮の笑顔。
その後に、いつも自分にとても優しくしてくれる蓮の両親の顔が重なった。
自分のせいで、大切な子どもの進路をめちゃくちゃに変えさせてしまったのだ。そう思うと胸が締め付けられる。もう蓮の両親にどんな顔をして合わせればいいのか分からない。視界がまた、じわじわと涙で滲んでいく。
教科書とペンケースを床へ派手に落としてしまった。宵は足元へ手を伸ばす。
「大丈夫か?」
頭上から低めの声が降ってきた。宵はしゃがみ込んだ姿勢のまま、おそるおそる顔を上げる。そこには黒い短髪のクラスメイトがこちらを見下ろしていた。
「だ、だだだいじょうぶ!」
宵は慌てて答えた。立ち上がると、自分より少し低い位置に彼の顔がくる。
声をかけてくれたのは同じクラスの与田 樹だった。まともに話したことはおろか、目が合ったことすらほとんどない相手だ。一瞬の沈黙の後、樹はこの質問を言うかどうかを迷ったように声を濁す。
「……さっき食堂で見かけたんだけど、転校生とトラブルでもあったか?」
びくん、と宵の肩が大きく跳ねた。
自分の大号泣を含め見られていたのだろう。一気に顔が熱くなるのがわかった。
それでもどんな反応をしているのか気になり、樹の顔を見る。野次馬のような様子は一切なく、宵を心配してくれているような表情に見えた。
「ち、違うよ! 蓮とは、その……昔からの、1番の友だちなんだ」
「そうなのか。悪いな、余計なこと聞いて」
勘違いしたことを謝る樹に、宵は慌ててぶんぶんと激しく首を振る。
「そんなことないよ! 全然、迷惑なんかじゃないから!」
そのあまりの勢いの良さに、今度は樹の方が目を丸くした。
クラスの隅で気配を消すように大人しく座っているだけだった宵。そんな彼のリアクションが想像以上に大きくて新鮮だったのだ。
「そ、そうか?」
「うん。心配してくれて、すごく嬉しい。与田くん、ありがとう」
宵は無意識のうちに、胸の前で両手をきゅっと合わせて、小さくお願いをするようなポーズを取る。その体格には似合わない、乙女チックなその仕草を見て、樹は耐えきれずにくすっと吹き出した。
「御伽って、意外とおもしろいんだな」
「え……?」
樹はそのまま自然に、宵の歩調に合わせるようにして横に並んだ。そして一緒に教室へ向かって歩き出す。隣にクラスメイトがいて、自分に合わせて歩きながら、普通に話しかけてくれている。
1学期の間、ずっと孤独だった宵にとってはまるで信じられない光景だった。
「え、ええ!? おもしろいって、どういうこと……?」
あわあわと赤くなって戸惑う宵の反応を見て、樹の表情はさらに和やかな表情に変わる。そのまま2人は移動教室のドアをくぐって行った。




