夜のディベート3
「じゃあ次は蓮な」
宵に掴まれたまま、飛鳥が促す。
「え?僕はいいよ……」
「男はこういう話したほうが仲深まるんだよ!ほら、蓮は何フェチだ?」
「フェチ?ええ……」
「1個くらいあるだろ」
戸惑いながら蓮は脳をフル回転させた。
フェチ……フェチ……と呟きながらしばらく考え込む。
「き、筋肉とか」
「筋肉ぅ?」
飛鳥は、いまいちピンと来ない様子だ。
「スポーツしてる女の子ってこと?」
亮悟の問いかけで、やっと蓮は過ちに気付いた。自分にとっての異性、つまり男性の特徴から考えてしまっていた。訂正しようにも、脳内にはぐるぐると逞しい胸筋や腹筋、胸筋が回り続けている。
「そう!スポーツしてる子いいよね!」
やけくそでそのまま押し切ることにした。
「筋肉まあわかるけどさ、腰とかうなじと比べたら弱くないか?それでいいの?」
飛鳥が挑発する。全然良くない気がするが、他にどうしても思いつかない。
これから起こるであろう惨事が恐ろしくなった蓮は、素直に白状することにした。
「いやーごめん、僕自分が筋トレやってるから……筋肉ついてるのいいなぁってなっちゃった。他には思いつかないなあ」
「なんだそれー」
「飛鳥、転校してきたばかりの子にエンジン全開すぎない?僕とやろうよ」
涼しい顔をしている亮悟が、飛鳥の前に座った。驚いた宵は力が抜け、飛鳥の手を離してしまう。自由の身になった飛鳥は宵をすり抜け、ローテーブルを挟んで亮悟と向かい合って座り直した。飛鳥を逃がしてしまった宵だがそんなことは構わず心配そうに亮悟を見つめる。
「こんな課題で結城先輩が!?」
「うん、やってみようかな」
宵の問いかけに、亮悟は頷いた。体温が上がった飛鳥は豪快に腕捲りをする。
「おっしゃ、やりましょう!先輩は何が好きです?」
「僕は脚派なんだよね」
「いいっすね!でも……」
飛鳥は息荒くふんぞり返った。
「やっぱ胸ですわ」
「それはわかるけど、でもやっぱり脚だよ」
「先輩、見栄張ってません?」
「飛鳥はまだまだだなあ」
ちっちっ、と余裕そうに舌を鳴らす亮悟。ゆっくりと飛鳥の耳元へ顔を近づけた。
赤茶色の髪の隙間から、光を反射するピアスがちらりと見える。
「飛鳥、さっき胸はなんとかもできるって言ってたよね。それってあれでしょ?」
亮悟は耳打ちをする。何を言っているか聞き取れないが、先ほどまで話していた声色よりもだいぶ低く発しているのだけはわかった。
「そうですよ」
「そうかそうか、でも脚で考えてごらん?」
こそこそ、と続ける。すると飛鳥の顔がみるみるうちに紅潮した。
「えっ、うわやば」
「でしょ?脚すごいよね?それに飛鳥ってさ、普段はハキハキしてるけど結局どうせ……」
今度は短く耳元で宣言する。と、飛鳥は沸き上がったように叫び出した。
「ちょっとちょっと!なんなんですか!?」
「あれ図星?カマかけてみたんだけど、やっぱりそうだったんだ。だったら飛鳥が好みなのはまず上から」
「ちょっと待って!?やめてええええ!俺の何を言うつもりですかああ!?」
「はい、僕の勝ち」
周りからは訳がわからないうちに勝敗がついた。
「ディベート、だったのか、今のは」
「いや全く……でもいいでしょ?」
いつのまにか生き返った樹に、亮悟が答える。宵と蓮はぽかんとしたままだった。
「せっかくだから、もっとまともな内容にしたかったよ」
樹はまだ根に持っているようだ。ため息をついて、自身を落ち着かせるように飲み物に口を着ける。
「こんな雰囲気でやるものでもないでしょ」
「宵は見たかったです」
宵がぽつりと呟いた。
「結城先輩、本当はもっと凄いです。何を言われても余裕そうで……でも相手を否定しないで受け入れて、ひとつひとつ説明して、納得させて……それを見て、宵は憧れたんです」
「……あれ、もしかして、あれ見てくれてたのかな?」
亮悟の質問に、宵は頷いた。蓮は会話がわからずに首をかしげる。
「あれって?」
「1回、学校に言われてテレビの高校生討論大会みたいな番組に出たことがあるんだよね。恥ずかしいなー」
亮悟は照れくさそうに笑う。
「あれはお題がやりやすかったんだ。練習もしたし、正直相手もそんなに熱意高くなかったと思うよ」
「そんな!でも、本当にすごいと思ったんです」
宵は亮悟に目線を合わせるようにかがんだ。
あまりの熱心な宵の様子に、亮悟は目を細めて笑う。
「本当に大したことじゃないんだけど……ありがとう、宵くん」
眼の前で自分を真っ直ぐ見てくれる亮悟を見て、宵はやっと自分がどれだけ彼に近付いてしまったのか気付いた。その途端あっという間に赤面する。勢いよく、ばっと跳ねるように後ろに引き下がった。
「すすすすみません!」
「なんで謝るの?あ、僕のことは亮悟って呼んでよ。そんなに前から知っていてくれたんだね」
腰を抜かしながら距離を取った宵に、亮悟はゆっくりと近付いた。
「そんなに熱く好きだって言ってくれる後輩初めてだから、すごく嬉しいなあ」
「亮悟先輩……」
「うん。仲良くしてね」
憧れの人と目の前で話している。自分の気持ちを伝えることまで出来てしまった。宵はまたこれが夢なのか、現実なのか、もはやわからない。
頭の中があまりに熱を持ち、回らなくなって。
「宵!?」
宵はパンクし、床に倒れてそのまま落ちた。




