11.訪問者
みこは黎を送ったあと、急いで神社へ帰っていた。
まだ18歳であるみこは、学生服のスカートを翻しながら走る。幸い、遅い時間のため人に見られる心配はなかった。
息を切らしながら長い階段を駆け上がり、社務所に入っていった。中にいる巫女たちや事務職員たちへの挨拶もそこそこに奥の医務室へと早足で向かった。
息を整え、服も正してからゆっくりと医務室の戸を開け、中へと入る。1番奥まで歩みを進めると、そこにはベッドに腰掛けている男が一人。その男は紫の袴を着ていた。
「どういうつもりでしょうか?」
みこが怒ったような口調でその男に問いかける。だが、問いかけられた男は、何の感情もない顔でみこを見つめているだけ。それでも怯まず、みこは続ける。
「そちらの体も、元の持ち主に返して欲しいのです」
みこの言葉に、男はニヤリと笑った。その顔は恐ろしく、思わず身を引いてしまいそうなほどだった。
この男は伏見神社で宮司をやっている男だった。何があってこうなっているか分からないが、今は別の魂がこの男の体に入り込んでいるようだった。
こういうことは、稀に起こる。起こらないで欲しいのだが、起こるので仕方ないと割り切って対処していた。
だが対応を間違えれば、自分の身もこの宮司の身も危険なことを理解している。慎重に対応しなければと思うと同時に、手っ取り早く殴ったらダメかと考えているみこであった。
「結界があるため、その方の体を使ったのでしょう。考えましたね。ですが、貴方が自由に使って良いものではありません。即刻、お引き取り願います」
丁寧な口調だが、僅かに怒りがこもっている。もう一度口を開こうとした時、男がケタケタと笑いだした。その声は不気味に響き渡る。医務室内が不穏な空気で満たされていくのを感じていた。
みこはため息をついた。
「話し合いで解決できれば良かったのですが、そうもいきませんよね」
片手を頬に当てて、仕方ないように首を傾げる。そしてにっこりと笑い、男を見た。男はなおも笑い続けている。
「少し痛いと思いますが、我慢してください、ね!」
そこで男はみこが何をしようとしたのかを理解し、驚いたような顔で逃げた。みこの手を見ると、扇子が握られていた。それはただの扇子ではなく、鉄扇と呼ばれる骨組みが鉄でできた護身用の武器だった。しかも何かの術が込められているようで、当たれば危ないことを本能で男は感じていた。
「安心してください。私のこれは本当にただの護身用なので多少ビリビリするくらいですから」
にこりと笑いながら言うみこに恐怖を覚えた男は、一目散に宮司の体から抜け出し逃げていった。
みこは崩れ落ちる宮司を抱きとめ、意識を確認した。ただ寝ているだけのようなのでそのまま寝かせておく。そして、スマホを取り出しどこかに電話をかける。
「はい、お手数お掛けします」
小さく頭を下げながら電話を切り、寝ている宮司を見つめる。その目はまるで仕方がない子供を見つめるような母親の目だった。
「……報告しておかなきゃ」
念のため、ウカとミサキに報告しなきゃいけないことを思い出し、大きくため息を吐いた。
一方、逃げた男は体の震えが止まらなかった。
なんだ、あの恐ろしい女は……
自分を見て恐れるのではなく、笑顔で立ち向かってきたみこに恐怖を覚えていた。
残念ながら、もっと怖い目に遭ったことがあるみこは、あの程度で恐れをなすほどか弱い女の子ではなかった。
だが、面白いおもちゃを見つけた
男は黎の存在を思い出した。足音だけであれだけ怖がっていたのだ。次会った時はもっと怖がらせて遊んでやろうと思っていた。
が、そんな願いも虚しく、その男は闇へと消えていった。自分が何をされたのかも分からないまま。
「タチの悪い妖怪もいたものだ。いや、あいつらはそんなものか」
二振りの刀を腰に下げた黒い制服を着た男はそんなことを呟きながら、さっきまで男がいた場所を冷たい目で見下ろしていた。




