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48.夏はさざめく

微妙な空気の中、食事会が終わった。


 美味しい料理で楽しかったが、第一印象があれだった屋蜘蛛と黎は、少し気まずい空気になっていた。。黎がそう思っていただけで屋蜘蛛はそうではなかったかもしれないが……

 黎は、ミサキに相談したいことがあった。だが、屋蜘蛛が近くにいて話しかけづらい。どうすればいいか迷っていると、バチりと屋蜘蛛と目が合った。


「なに?」


「え、いや、なんでも……」


 その二人の様子に、ミサキは不思議そうにしている。

 屋蜘蛛と黎を交互に見て、チラリと姑獲鳥とウカを見ると、姑獲鳥は困ったように笑っていて、ウカは我関せずにお茶を飲んでいた。


「やっくん、黎くんに意地悪しましたか?」


 ミサキが屋蜘蛛に問いかける。


「え、してない、けど……」


 いきなり問われた屋蜘蛛は、少しだけ目を逸らしながら答える。その屋蜘蛛に訝しげな目を向けてから、ミサキは黎に向き直る。


「黎くん、やっくんに意地悪なことされましたか?」


「……えっと、されてはない」


「じゃあ、言われました?」


「……ど、うだろう?」


 もはやこの返しが答えである。ミサキは屋蜘蛛に人差し指をピッと向けながら、説教を始めた。


「やっくん! ダメですよ、初対面の方に意地悪をしては!」


「……僕は初対面じゃないし」


「そりゃ、このお屋敷の付喪神なのですから、当たり前です。ですが、黎くんはやっくんとは初対面なのですよ! 仲良くしてください!」


 怒られた屋蜘蛛は、不貞腐れたような顔でそっぽを向いている。

 黎は、その様子がおかしくて笑いそうになるが、必死で我慢していた。ウカもだが、この屋敷の人達はミサキに頭が上がらないようだった。


「黎くん」


「あ、はい!」


 我慢していた所に名前を呼ばれ、大きな声で返事をしてしまった。


「ふふ、良いお返事ですね。やっくんがごめんなさい。今度嫌なこと言われたら、私に言ってくださいね」


「うん、ちゃんと相談するね」


 ミサキはそういうが、黎は特に気にしてはいなかった。屋蜘蛛に言われたことはもっともだ。だが、まだ頼らせて欲しいと思っている。自分でどうにかできる力は、まだ黎には無かったから。



「あ、ミサキちゃんあのね、相談があって」


「はい、どうしましたか?」


 黎は、リュックから『進路希望調査』の紙を取り出す。ミサキに相談してもしょうがないかもしれないが、黎が頼れる人は限られている。少しでも案が欲しくて、縋るような気持ちで相談する。


「これなんだけど……」


「進路希望調査ですか? こういう紙なんですね、初めて見ました」


 ミサキは、進路希望調査の紙を興味深そうに眺めてから、ウカや屋蜘蛛にも見せる。

 屋蜘蛛は興味無さそうにしていたが、ウカは紙を見たあと黎を見る。


「行きたいところはないのか?」


「無いわけじゃ、無いんだけど……」


 そう言って、黎は迷っていることについて話す。

 お金のこと、施設のこと、学校のこと、やりたいこと……


「やりたいことは、まだ見つからない。でも、一人で生きていくためには、何かしなきゃって思ってて……」


 そういう声は、次第に小さくなっていく。

 大半の人は、将来の夢について話す時、希望を話す。いつかなりたい職業のこと、いつか憧れていた人のことを。

 だが、黎には無かった。希望なんてない。いつか来る一人の時が怖くて、不安で、どうすればいいか分からなかった。


「黎くんは、なにかしてみたいことはないんですか?」


 ミサキにそう問われるけど、思いつかず、口を噤んでしまった。

 何をすればいいかも分からない。だが、できる限りいい高校に入って、いい大学を目指したいとは、なんとなく思っていた。それを伝えると、なぜかミサキに頭を撫でられた。


「黎くんは、頭が良いですからね」


 なんて言って笑っている。それが、なんだか恥ずかしいような、嬉しいような気持ちでいっぱいになった。


「つまり、黎くんのお話をまとめると、学校には行きたいが施設からは出たい。出るためには後見人が必要だが、施設の人間が後見人になるのは嫌……ということであっていますか?」


「うん……なんか、まとめられると凄いわがままだなって思ってきた」


 改めて、他人の口から自分の要望を聞くと、居た堪れない気持ちになった。

 それに、これをミサキに伝えたところで……とも思い少し恥ずかしい気持ちになった。


「う〜ん、わがままではないと思いますけど……」


「むしろ、自分の意見をちゃんと言えて、良いんじゃないかな?」


 ミサキと屋蜘蛛のフォローが入るが、割り切るのは難しかった。


「ウカ様、この後見人って他人でもできますかね?」


「そこの詳しいことは、人間側に聞くしかないだろう」


「そうですね、今度聞いてみます」


「だが、あの人の子なら適任だろう」


「やっぱり!」


 黎が恥ずかしさで顔を手で覆っている間、ウカとミサキがなにやら話しているようだった。そして、嬉しそうなミサキの声が聞こえ、顔を上げるとミサキがにっこりと笑いながら黎を呼んだ。


「黎くん! 黎くんが本当に望むなら、私の人間の知り合いをご紹介します」


「え、ミサキちゃん、人間の知り合い、いるの?」


「実は居るんです。私が作っているものを売ってくれる方がおりまして、その方は巫女さんなんです」


 初めて知った事実に驚くが、同時に納得もした。

 ミサキの収益がどこから来てるのか疑問だったが、人間の知り合いに頼んでいるなら、納得だ。


「その人を、紹介してくれるの?」


「無理にとは言いませんよ。黎くんの力にもなってくれると思います」


「……その人が、引き取ってくれる?」


 不安だが、聞かねばいけないことだった。

 それに、紹介してもらっていきなり「引き取ってください」とも言えないし。


「あ、引き取ってくれそうな人は、巫女さんの彼氏さんです」


「え……?」


 まさかの事実に、首を傾げる。紹介してくれる巫女ではなく、彼氏が後継人候補……

 それは、どうなんだろう? と、黎は思った。それはもはや、他人も他人。見知らぬ子供を引き取れと言えるはずもないのだが、ミサキが言うならなんとなく大丈夫な気がしてきてしまった。


「黎くん、早く決めなくていいです。まずは、巫女さんに会ってみませんか? 彼氏さんとは、巫女さんと仲良くなってからでも遅くないですよ」


 諭すように、黎の手を取って優しく言うミサキに、黎は小さく頷いた。


「進路希望調査には、黎くんが行きたい学校を書いてみてください。希望なのですから、変わっても大丈夫です」


 その言葉にも、小さく頷いた。

 不安が沢山あったのに、少しだけ軽くなった気がした。


 夏が終わる。まだ不安が沢山ある。何とかなるとは、正直思っていない。でも、せっかく紹介してくれると言うのだから、黎は会ってみようと思った。

 人間側の、しかも大人の知り合いができるかもしれない。頼れる人が増えるかもしれない。そんな期待が少しだけあった。


 風が吹く。

 吊り下げられた風鈴が、チリンっと音を鳴らしていた。

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