47.夏のご馳走
山の中で会った黎と姑獲鳥と一緒に屋敷へ帰ると、ウカが不機嫌そうな顔で出迎えてくれた。
黎と姑獲鳥は顔を見合せて不安そうにしていたが、ミサキはいつもと変わらぬ調子で、不機嫌そうなウカに声をかける。
「ただいま帰りました」
「……遅かったな」
「ごめんなさい、ウカ様。木の子ちゃんたちと少し遊んでいたんです」
「……そうか」
全く納得していない声色に、思わず笑ってしまうミサキ。
そんなミサキに何も言わず、ウカは黎と姑獲鳥の方へ目をやる。ビクリと少しだけ大袈裟に反応してしまったが、ウカは気にした様子もない。
ウカは諦めたように、「さっさと入れ」と黎たちを迎え入れた。
いつも使わせてもらっている部屋へ、荷物を置きに行ってから、ミサキの元へ向かおうとする。途中、すれ違う式神たちに挨拶をしながらミサキを探していると、ウカに呼び止められた。
「お前、何を引っつけてきてるんだ」
そう言いながら、黎の頭の辺りを手で払うような仕草をする。
呆れたような声だったが、当の本人はなんのことか分からず首を傾げる。姑獲鳥の方をチラリと見たが、姑獲鳥も分からないというように、首を振った。
「あの、何が付いてましたか?」
「……これは見えんのか」
質問に答えてくれる気はないらしく、一人納得したように頷く。
そして、そっと黎の頭を撫でながら「出会う相手には気をつけろ」と意味深なことを言い残し、さっさと行ってしまった。どういうことかわからず、助けを求めるように姑獲鳥を見るが、姑獲鳥も困った顔をして肩をすくめていた。
「なんだったんだろう……」
「ワカラ、ナイ」
独り言のように呟いた言葉に、姑獲鳥が返事をする。ウカの意味深な発言はたまにあるからいいのだが、こうも気になることを言われると、とても困ってしまう。
「ミサキちゃんに聞いてみよ……」
そう思い、ミサキの元へ向かおうとした時、どこからともなく声が聞こえた。
「そのままの意味だよ、人の子」
驚き、姑獲鳥と共に辺りを見渡すが、誰もいない。
「出会いはいいものだ。だが、それが人の子、お前のためになるかは分からない」
「それって、どういう?」
「そのままだって。あまりこちらに手間をかけさせるな」
それは明らかな拒絶の言葉だった。だが、どこか声には優しさを感じた。だから、黎はあまり傷つかなかった。
何も感じなかった訳じゃない。それでも、黎は姿勢を正し、頭を下げた。自分のためになることを言ってくれたのなら、素直にお礼を言う。真っ直ぐ素直なミサキから教えてもらったことだった。
「ありがとうございます」
「……」
黎の言葉に何も反応しない。
黎は頭を上げてにっこり笑ってから、続けた。
「善処します」
「……この状況で、その言葉が出るんだ」
呆れたような声が聞こえたあと、「ミサキに似てきたな、この人の子」と聞こえた。その言葉が嬉しくて、真意を問おうとしたのだが、既に声は聞こえなくなっていた。
「なんだったんだろう……」
「ワカラ、ナイ」
さっきもしたなこのやり取り……と思いながら、改めてミサキの元へと向かった。
一方、ミサキはミサキで大忙しだった。
ご飯の仕込みは式神がしてくれたが、帰ってくるのが遅くなったせいで、時間が足りない。
着ていた洋服から和服へ素早く着替えてから、厨へ走り、厨の中ではクルクルと動いていた。
「お嬢様、お味の確認を」
「はーい!」
「お嬢様、副菜の器はどうしましょうか?」
「そうですね、どちらも冷たいものなのでガラスの器にしてください! あ、出来れば色を変えて!」
「お嬢様、取ってきて頂いた木苺は、そのままお使いになられますか?」
「ゴロッと感もありですけど、少しだけ潰しましょう! 上に乗っけるのはそのままで!」
驚く程忙しそうだ。四方八方から飛んでくる質問に、嫌な顔をせず丁寧に答えるミサキは、ずっと笑顔だった。
黎は、厨の入り口でどうすればいいか悩んでいた。手伝いをするのはいいのだが、このような戦場で、果たして役に立つのだろうか、と……
姑獲鳥も、黎と厨を交互に見ながら困っている様子だった。
「……今入ったら、邪魔になるよね」
「ド、ウダロウ?」
だが、ここでずっとウロウロしている訳にもいかない。一度出直そうかと考えたところで、ミサキから声がかかった。
「あ! 黎くん!」
「ミサキちゃん……あの、お手伝いすることある?」
「良いんですか? お願いしたいことがあって!」
ミサキは黎の提案を聞くと、パッと花が咲くように笑った。それは本当に嬉しそうで、黎も釣られるように笑顔になった。
こんな精鋭がいる中で素人に何ができるのかと思い、断られるかと思ったが、ミサキは快く迎え入れてくれた。
「黎くんは、やけどに気をつけてトマトを湯むきしてください! お湯につけるのは、20秒ほどでいいですからね。姑獲鳥さんは、きゅうりをこの綿棒で叩いちゃってください!」
そう言いながら、黎にはトマト。姑獲鳥にはきゅうりを手渡した。「分からないことがあったら聞いてくださいね」と言い残し、ミサキは再び自分の作業に戻った。
黎と姑獲鳥もできる限り頑張ろうと気合を入れ、作業に取り掛かった。
「お待たせしました!」
ミサキと共に膳を運び、ウカの元へ届ける。
出来上がった食事は、本当に綺麗で美味しそうで。
ご飯は『とうもろこしの炊き込みご飯』。
とうもろこしの優しい甘みと醤油の香ばしさがご飯に合っていて、本当に美味しそうだった。
主菜は『鮎の塩焼き、蓼酢添え』。
蓼酢とは、タデ科の植物「ヤナギタデ」の葉をすり潰し、酢や少々のご飯粒などを混ぜ合わせて作る伝統的な調味料で、ピリッとした辛味と酸味が特徴。
黎は初めて食べる蓼酢に驚いていた。ちなみに好き嫌いが分かれる味らしく、ミサキは嫌いらしい。
副菜は二品。『たこときゅうりの酢の物』と『トマトと青じその冷やし和え』。
黎と姑獲鳥が手伝った料理はこれだった。紆余曲折はあったものの、何とか完成した二品。黎と姑獲鳥は、「次作る時はもっと上手くやろう」と、決意した品でもあった。
汁物は『じゅんさいと豆腐のお吸い物』。
じゅんさいも黎は初めて聞く食材だった。透明なゼリー状のぬめりに包まれた若芽や葉で、初夏から夏が旬のスイレン科の水草。つるつる、ぷるぷるとした食感とシャキッとした歯ごたえがあり、クセもなく食べやすい食材だった。
最後のデザートは『木苺と白桃の寒天』。
ミサキが山で採っていたのは、デザートで使う果物だったようだ。
寒天だから少し固めではあるが、食べやすく、木苺の甘酸っぱさと白桃の上品な甘みがよく合っていた。
デザート用の器は冷やされているので、全ての品を食べ終わる頃になっても冷たいままだった。
改めて、こだわりがすごいと思った黎だった。
「あれ? 膳が一つ多いけど?」
「今呼ぶんです。多分、黎くんと姑獲鳥さんは初めましてですよね」
「さっき会ったよ」
ミサキの言葉に被せるように声が聞こえる。
その声は、先程、黎と姑獲鳥が聞いた声。
「やっくん!」
ミサキがそういうと、淡く黄色い光が現れる。その光がパッと弾けると中からミサキの身長と同じくらいの男の子が現れた。
「ご紹介しますね。こちらは、屋蜘蛛くん。この屋敷の付喪神様です」
「付喪神?」
「よろしくね、人の子と母親妖怪」
そう言う屋蜘蛛は、ミサキを後ろから抱きしめていた。それを不快に思ったのか、ウカは、ベリッと引き離していた。
微妙な空気が流れる中、食事会が始まった。




