44.ひととき
風鈴の音が響く縁側で、ミサキは組紐を作っていた。
色とりどりの糸を組み合わせて作られる組紐は、ミサキの手によって、厄除けの呪いが施されていた。
だが、この呪いは無意識で行われているので、ミサキの意思は関係ない。
本人的には、ちょっと良い事あるといいな! と思いながら作っているので……
「沢山出来たね」
「はい! 神社で頒布してくださるので、いつもより多めに作っています!」
突然、ミサキの後ろから屋蜘蛛が顔を出し、声をかける。
ミサキは慣れているのか、驚く様子もなく返事をする。
ミサキが作った組紐や鈴、お面は宇迦之御魂神を祀る神社に卸しているのだった。
そこに住む巫女は、昔から神や妖怪、怪異なんかに大変よく好かれる娘で、しかも本人はバッチリ見えて気軽に話す特殊な人の子だった。
ミサキやウカとも面識がある。ウカを神として敬い称え、ミサキをウカの眷属として誠実に接してくれるその巫女をミサキとウカは少なからず気に入っていた。
それでいて、人と妖の境界線には踏み込まず、人として生きている。限りなくこちら側に近い彼女だが、人が好きで「私はただの巫女ですから」と、口癖のように言いながら、人の世界で生きている。その姿も、好感が持てる一因だった。
「ミサキが作ったものを身につけられるなんて、ご利益あるね」
「ウカ様にもたまに作ってもらいますよ」
「それ、人の子が身につけていいやつ?」
「どうでしょう?」
苦笑いしながら手を動かす。
ウカが作る物は、強力な加護が付くことが多いが、それが人の子の手に渡ることはまずない……と、思いたい。
一応検分してから渡してあるし、その神社の巫女もある程度の知識がある。
たまに申し訳なさそうに返されるので、そこまで問題はないだろう、とミサキは思っていた。
「今回は、組紐多めだね?」
「鈴は来月くらいに作ります! 木から作るので、今は乾かしてる最中なんです」
「たしかに、この暑さなら乾くね」
ミサキが作る特殊な鈴は、木を彫って作られていた。
夏の暑い日に木を乾かしておいて、涼しくなってから作り始める。
作っている時に集中しすぎるミサキは、夏に作業を行うと熱中症で倒れるので、涼しくなる9月頃から鈴作りを始めているのだった。
なので、鈴の販売も秋から冬にかけての限定品。超絶人気商品でもあった。
ミサキ本人には、そんな自覚は全く無かったのだが……
「あの人の子にもあげてたよね」
「鈴ですか? あれは去年のものなので、今年新しく作って渡さないとですね」
「あの子をどうする気?」
ミサキは顔を上げ、屋蜘蛛を見上げ、目をパチパチと瞬かせる。
「どうするとは、なんですか?」
「こっち側に引き込むの? それとも、人間側に返すの?」
屋蜘蛛は、付喪神であるが気質としては神様より。
この言葉も、優しいミサキの兄としての言葉ではなく、付喪神としての言葉だろう。
ミサキは、少しだけ考えを巡らせる。
正直に言えば、そんなことを考えたこともなかったのだ。
黎は紛れもなく人の子。人間の世界で人間として生きるのが常である。
だが、あの目は障害になり得てしまう。
あのままだったら、引き込むこともやぶさかではない。黎のことは気に入っているし、身寄りもないから余計に引き込みやすい。
だが……
「黎くん次第ですよ。そんなことは」
「……」
「望むならば、そうしましょう。きっとウカ様も手を貸してくれますし、私も大切にします。でも、黎くんが望まないのであれば、私はしません。
黎くんには黎くんの人生がありますから」
友達がいると聞いていた。
名前は知らない。知ろうとも思っていない。
黎が楽しそうに話すその友人たちは、少なからず黎を人間側に引き留める枷となるだろう。
「それに、私も今はまだ黎くんと良き関係でいたいですからね」
たぶん、こちら側に引き込んだらこれまでのようには居られないだろう。
関係が変わってしまう。それは、少しだけミサキの心を傷つけた。
屋蜘蛛を見ると、微妙に納得していない表情をしていたが、ミサキは気にせず少し笑ってから組紐作りを続けた。
チリン……と、風鈴が風に揺られ音を鳴らす。
その音の静けさが、少しだけ寂しさを誘っていた。




