43.逢魔が時
微ホラー注意
「明日から学校かぁ……」
「クソだるい」
「てか、なんで休み明けすぐにテストなんてあるんだろうな」
「どれだけ勉強したかを見るためでしょ……」
「せめて、寝る前かテスト前にドリル見返してね。ドリルからしか出ないから」
夕方になり、図書館からの帰り道。5人はダラダラと喋りながら歩いている。
太陽がオレンジ色に輝き、沈んでいく。
そろそろ18時。薄暗くなってきた。
その時、視界の端を黒い影が横切っていく。
1体、2体……それは数を増していく。
モヤのような形があやふやなものから、人や動物の形をしたものまで……
影だけじゃない。小さな光の粒がキラキラと光っている。ただ、それらは明確な意思を持っているかのように動いている。
まるで「視えてる?」と問いかけるように、黎の傍を回っている。
黒い影も、ゆっくりと、だが確実に近づいてきている。
目を逸らさなければいけない。
早々に立ち去らなければならない。
分かっているが、足が動かない。
目が離せない。
ズキリ、と激しい頭痛に襲われる。それに合わせるように、酷いめまいがして立っていられなくなり、堪らずしゃがみこんだ。
「うおっ! 黎、大丈夫か?」
「どぉしたのぉ?」
「顔色悪くね?」
「体調悪い? 座る? 横になる方がいい?」
いきなりしゃがみこんだことで、後ろにいた澤田たちを驚かせたらしい。
何かを言っているようだが、上手く聞こえなかった。
だが、触れる手の優しさで心配してくれていることは伝わった。
ズキリ、ズキリ、と痛みが増していく。
頭の中で、心臓が脈打っているみたいに、痛みが波打っている。
薄目を開けて前を見ると、影はもうそこまで来ている。光の粒は、足にくっついている。
どうしていいか分からない。
こんなことは初めてだった。黎の目には、生理的な涙が浮かんでいた。
澤田たちもオロオロと、どうしていいか分からない様子だった。救急車を呼ぶべきか、誰か助けてくれる人は居ないかと辺りを見渡すが、皆一様に、見て見ぬふりをして通り過ぎる。
そんな時だった。
「大丈夫ですか?」
一人の女性が声をかけてきた。
その女性は、黒い髪を簪で結っていて、赤い襟がついた真っ白なワンピースを着ている。
後ろには、一人の男性が立っていた。黒い服と鋭い目つきが、どこか威圧感を与えている。
「少し触れますね」
そう言って黎に触れる女性。
黎がゆっくりと目を開けると、不思議なものが見えた。
ふわふわと漂っている真っ白な蝶々と、真っ黒な蝶々。
二匹の蝶の鱗粉は、まるで星のようにきらめきながら、空気に溶けていく。
「……もう、大丈夫ですよ」
目の前にいる女性が、黎の目を覗き込む。一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑んでくれた。
「どこが痛いかお話出来ますか?」
「……あ、頭が痛かった、けど、もう平気です」
そう問われて、初めて気がついた。先程までの頭痛が、すっかり無くなっていた。あんなに痛くて、どうにかなってしまいそうだったのに、元々そんなこと無かったかのように、痛みは消えていた。
そして不思議なことに、影も光の粒も消えていた。
そこにいるのは、白と黒の蝶だけだった。
「本当ですか? 熱中症とかかな? けいくん、開けてないお水をください」
『けい』と呼ばれた男性は、無言でバッグの中から未開封のペットボトルを取り出し、蓋を少し開けてから女性に渡した。
「ゆっくり飲んでくださいね」
けいにお礼を伝えると、女性は黎に向き直り、水を手渡してくれた。
少し支えるように手を添えながら、飲ませてくれた。
水はまだ冷たかった。
「まだ暑いですから、水分はしっかり摂ってくださいね」
黎だけでなく、澤田たちにも聞こえるように言う女性に、皆で頷いた。
「さて、立てますか?」
手を貸してもらい、ゆっくりと立ち上がるが特に問題なかった。
頭痛も目眩も消えている。
「黎、大丈夫か?」
「無理するなよ?」
心配そうな表情で声をかけてくれる澤田たちにお礼を言い、「心配かけてごめん」と謝ると、怒られた。
ギューギューと、抱きつきながら怒る四人を窘めていると、小さな笑い声が聞こえる。
見ると、助けてくれた女性が口元を隠しながら笑っていた。
恥ずかしくなって離れてもらうように言うが、誰も離れてくれない。むしろ、抱きしめる力が強くなったように感じた。
「仲がいいんですね」
「……そう、ですね」
優しい声は、どこかミサキに似ていた。
「みこ、もういいなら行くぞ」
今まで黙っていた男性、けいは黎たちを見てから女性に声をかける。
『みこ』と呼ばれた女性は、一つ頷き、黎たちを見た。
「もう大丈夫そうですので、私たちは行きますね。もし異変を感じたら、病院に行ってください。あ、帰ったら親御さんにきちんと伝えるんですよ」
その言葉に頷く。
だが、どこか雰囲気がミサキに似ていて落ち着かない。
お礼を言わなきゃなのに、上手く言葉が出てこない。そんな雰囲気を察したのか、澤田が一歩前に出て頭を下げた。
「黎を助けてくれて、ありがとうございます」
その言葉に続くように、本田、森、清水も頭を下げる。
黎も慌てて「ありがとうございました」と言いながら頭を下げると、みこは笑って「気にしないで」と言った。
「困っている方がいれば、助けるのは当たり前ですから」
「本当にありがとうございます」
「お礼はたくさん言ってもらったので、もう大丈夫ですよ。それより、早く帰りなさいね。この時間は危ないですから」
優しい声だが、表情は先程までの柔らかい笑みではなく、真面目な顔だった。
その表情に戸惑って黎が首を傾げるのと同時に、けいがみこの手を引いた。
「行くぞ」
「うん、けいくん。それじゃあ、気をつけて帰ってね」
真面目な顔は消え、また柔らかな笑みを浮かべて手を振りながら、歩いていった。
その様子を眺めてから、黎たちも家に帰って行った……




