38.ありがとう
女神様と別れて、せんかと歩く。
繋がれた手は冷たくて、本当に生きてはいないのだと、改めて思い知らされる。
少しでも体温が移るように、ぎゅっと手を握ると、せんかも握り返してくれた。
なんとなく、ミサキと手を繋いだ時を思い出した。
「お父さんとお母さんに会ったら、何したい?」
何となく出てきた質問を独り言のように言う。
せんかの方を振り返ったりはしなかった。
「…お兄ちゃんは?」
「え、俺?」
まさかの返しに驚いてしまう。
考えたこともなかった。父親も母親も知らない。
今は、姑獲鳥が母親代わりをしているが、本当の母親ではない。
むしろ、本当の母親だと言われても困ってしまう。
でも……
「抱きしめて、欲しいかも…?」
「だきしめる?」
「なんか、子供っぽいかな?でも、うん、抱きしめて欲しい」
「私も、ぎゅーってして欲しい」
「うん、いいね」
抱きしめて欲しい
褒めて欲しい
話を聞いて欲しい
傍に居て欲しい
色んな願いがある。でも、きっと叶わない。
本当の父親と母親には、きっと会うことはない。
だけど、せんかは父親と母親に、ちゃんと会えたらいいと思う。
家族に会えたらいいと思う…
そんなことを考えていると、教えてもらった場所に辿り着いた。
誰かはいると思った。はぐれてから時間はかなり経っているから。
でも、誰もいないところを見ると、女神様は本当に足止めをしてくれているらしい。
春に会った女神様よりも優しくて、少し困惑してしまった。
(後が怖いな…)
少し開けた広場のような場所。
下を見ると、祭り会場に飾られた提灯がゆらゆら揺れている。
人が多くて、ふと有名な名言が頭に浮かんだ。
「人がゴミのようだ…」
「え?」
「ごめん、なんでもない」
口に出てしまった。
慌てて首を振るが、せんかは不思議そうな顔をして黎を見つめている。
居たたまれない気持ちになり、その視線から逃げるように送り火の準備をする。
『送り火』
この言葉だけは聞いたことがあるが、詳しくは分からない。
確か、帰ってきた先祖の魂をあの世へ送り出すための儀式…だった気がする。
後で、ウカに教えてもらおうと、心の中にメモをした。
こういう時、スマホを持っていないことが悔やまれる。
やり方も分からないため、なんとなくでやってみる。
渡された素焼きの皿の上に、風で飛ばされないよう気をつけながら、おがらを乗せる。
マッチで優しく火をつけると、チリチリとおがらが燃えていった。
「これで、良いのかな…?」
振り返ってせんかを見ると、せんかは火を見つめていた。
瞳に反射した炎がゆらゆらと揺れている。
なんとなく、せんかの頭を撫でた。
優しく撫でながら、口ずさむ。
愛しい子
優しい子
大丈夫
怖がらないで
ほらお迎えがやってくる
小さな花火が夜空に咲いた。花火大会が始まったようだ。
それに続くように、色とりどりの花が夜空を彩っていく。
教えてもらっただけあって、花火がよく見えた。
見とれて、何も言えなくなる。
そんな時、撫でていたせんかの頭が、ふっと消えた。
慌ててせんかを見下ろすと、もうそこには誰もいない。
ただ、小さな光と少し大きな光が混ざり合うように、キラキラ輝いていた。
お兄ちゃん、ありがとう
優しい声が、聞こえた気がした。
花火の音が大きくて、空耳だったかもしれない。
「…うん、俺からもありがとう」
ただの自己満足だったのだ。
何も出来ない、ただの人間。少し変なものが見えるだけ。
だけど、そんな黎でも誰かの助けになれたのなら、それでいいと思ったのだ。
この先、自分の力でなんでもできるとは思わない。そんなこと思えない。
出来ないことはあるし、やってはいけないこともある。
だけどきっと、この経験は忘れないだろうと思った。




