37.送り火
黎の言葉に、せんかは嬉しそうに笑った。
黎も釣られて笑うが、問題が解決した訳ではなかった。
『大丈夫』とは言ったが、どうすれば良いか全く見当もつかなかった。
今まで避けてきたのだ。人ならざるものとは距離を置き、見えても極力スルー。下手に関わるとろくなことが無いのは、15年生きて身に染みてわかったから。
だから、自ら関わろうとするのは、これが初めてだった。
姑獲鳥の時は、自由な女神様に巻き込まれただけだし…
「お兄ちゃん…」
黙ってしまった黎を、せんかが心配そうな表情で見つめる。
「ごめん、えっと…お父さんとお母さんってどんな人?」
慌てて首を振り、せんかに問いかける。
黎には、一般的な父親も母親も分からない。少しでも探す手がかりになればと思って聞いたのだが、お父さんとお母さんを思い出させてしまったらしい。
目に涙を溜めて、今にもこぼれ落ちそうになっている。
これには、黎もアワアワしてしまう。
目が大っきい…とか考えてる場合ではない。どうにか泣き止ませなくてはならないのだが、やり方が分からなくて困ってしまった。
「あら?困り事?」
後ろからの声に驚き、振り返る。
そこには、青い短髪の女性。先程、花火を見る穴場を教えてくれた人がいた。
「なんで…」
「あら、そんなに泣いたらお目目が溶けちゃうわ」
その人は、黎には目もくれず、せんかに手を伸ばして躊躇なく抱き上げる。そして、ゆっくりと優しく背を叩き始めた。
「よーしよし、大丈夫よ。良い子ね、可愛いわ」
その声は優しく、暖かかった。
その様子を見ていると、羨ましい気持ちが浮かんで来たが、心の奥底へと沈めてしまう。
「よしよしする?」
「…大丈夫」
まるでお見通しと言わんばかりの表情で黎にも手を伸ばすが、断った。その選択を面白そうに受け止め、笑いながらせんかをあやしていた。
「やっぱり、人間じゃないんですね」
「あら、なんでそう思うの?」
黎がそう切り出すと、彼女は聞かれるのがわかっていたかのような口調で返してきた。
「他の人たちは、その子のことを認識していないから」
「それだけで判断するのは、軽率じゃないかな?」
「それに、その子を見ても顔色一つ変えない」
「この子が恐ろしい見た目でもしているの?」
「それに、ミサキちゃんのことを知ってた。ミサキちゃんを知ってる人間なんて、いないから…」
説得力はない。
もしかしたら、黎以外にも関わりがあり、人間と交流しているかもしれないから。
そんな拙い言い分でも、彼女はちゃんと聞いてくれた。
「よく見ている坊やね」
と、言いながら優しく微笑む。
「ここは自己紹介する流れなんでしょうけど、あまり関わらない方がいいわ
だから、名前は教えない。坊やの名前も聞かない」
徹底的な線引きだ。だけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
この人は、春に会った女神とは違って黎を尊重してくれているようだから。
「なら一つだけ聞いてもいいですか?」
「良いわよ?何かしら」
「女神様で、合ってますか?」
彼女は目をパチパチと瞬かせ、そして次第に声を出して笑った。
「何を聞くかと思えば、それ?
可笑しいわ。でも、合ってるわ」
なぜ笑われたのか理解できないが、欲しい答えは貰ったので追求はしない。
やはり、思った通り女神だった。
初めて出会った女神が印象的すぎて、彼女は女神にあまり見えないがれっきとした女神らしい。スマホを使ったりしてとても人間臭いが…
「坊やは、これからどうする気?」
「どうって…?」
「この子よ。良ければ私が引き取ろうか?」
その申し出に思わず眉を顰める。
何のつもりだろうか…と。
「何のつもりですか」
思わず心の声が漏れてしまい、口を慌てて塞ぐ。
飛び出てしまった言葉は既に聞かれたので、時すでに遅し…
「何のって、穴場を教えた時も言ったけど親切心よ」
「女神様が、そんなことをするとは思えません」
「はっきり言う子ね、嫌いじゃないわ。でも無謀も程々にしなさいね」
窘めるような厳しい口調。それでいて、優しさがある。
この場合、預けるのが良いのだろう。
親切心と言っているし、穴場を教えてくれた時と同様に嘘はないはずだ。
でも何故だか、任せたくないと思ってしまった。
関わりたくない。関わらない方が良いのに、今ここでせんかを女神様に任せたら、この先何も出来なくなってしまいそうで、怖かった。
誰かに頼らないと生きていけなくなるかもしれない。
頼れない時に、どうしようも無くなるかもしれない。
それが酷く恐ろしく、胸につかえてしまった。
「仕方がない坊やね」
下を向いたまま黙ってしまった黎の頭を、女神様が優しく撫でる。
その手は、姑獲鳥ともミサキとも違う。それなのに、何故か涙が出てきそうだった。
「この子を救いたいなら、送り火を使いなさい」
そう言って渡してくれたのは、マッチに素焼きの皿、そして麻の茎の皮を剥いだ『おがら』という物だった。
どこから取り出したのか分からない。それに、こんなもの普通は持ち歩かない。
「教えた穴場でやりなさい。足止めくらいは手伝ってあげるわ」
手の中にある道具と女神様、そしてせんかの顔をゆっくりと見て、覚悟を決めて頷く。
女神様にお礼を言い、せんかと手を繋いで教えてもらった穴場まで歩いて行く。
「本当に、仕方がない坊やね」
女神様がそんなことを呟いていたことは、知らなかった。




