36.かえりたい
「予想通りというか、なんというか…」
これが噂の『フラグ回収』と言うやつなんだろうな、と黎は少し遠い目をしていた。
走り出した少女を追いかけていた5人は、案の定はぐれてしまった。
そして、少女に追いついたのは黎だけ。
また走り出されてはたまらないと思った黎は、少女の手首を痛くならない程度に掴んでいた。
「これ、どうしよう…」
辺りを見渡しても、人と屋台しか無い。スマホを持たない黎は、途方にくれていた。
はぐれた時は教えてもらった花火を見るところに集合と言われたが、この少女を連れて行って良いものかと悩んでいたのだ。
「ねぇ…」
時折、少女に声をかけられるが返事をするのを躊躇してしまう。
こういう存在に返事をすると、ろくなことがないのは経験上わかっているから。…だが、手首を掴んでいるのでもはや手遅れだとも思う。
「ねぇ…」
「……なに?」
「!…この鈴、お兄ちゃんの?」
話しかけてきたくせに、黎が返事をすると驚いたような顔をした。
すぐに目線は外され、黎の手首に着けていた鈴に目線が落とされる。
「これは、借り物だよ」
「そうなんだ…綺麗な音だね」
「音が、聞こえるの?」
「え?リンって鳴ってるよ?」
その言葉を聞いて、この少女は本当に生きてはいないんだと確信した。
ウカの屋敷で、この鈴について教えてもらった。
なんで音が出ないのか。
ミサキが言うには、周波数が違うらしい。
特定の神や妖に聞こえて、人間には聞こえないようにしている、らしい。
本当に『らしい』としか言えない。難しかったのだ。説明が。
ミサキも何とか言葉を選んで教えてくれたが、最終的にはウカに泣きついていた。
そして、泣きつかれたウカはほんの少し表情を緩めながら『人間がその音を長時間聞けば、狂うぞ』とだけ言った。
……普通に怖かった。
その音を『綺麗な音』と言う少女を見て、黎は改めてこの子が人間では無いのだと確信した。
そもそも、折れ曲がった足で走るのは、生きてる人間にはまず不可能な事だし。
「…君の名前は?」
「わたし…?名前、せんか」
「せんか?いい名前だね」
「ほんとう?うれしい…!」
花が咲くような笑顔につられて、黎も少しだけ笑う。
「せんかちゃんは、迷子なの?」
「迷子…?」
「1人で居るから…お父さんかお母さんは?」
清水と森が聞いたことを、黎がもう一度尋ねると、先程までの笑顔が消え、今にも泣き出してしまいそうな悲しげな表情になってしまった。
「ご、ごめん…答えたくなかったらいいよ」
「……」
ブンブンと首を振るせんかに、困ってしまう。
「俺に出来ること、ある?」
危ない聞き方だと、口に出した後に気づいた。
こんな幼い少女に言う言葉では無いし、それに黎自身が危険に晒されるようなことを頼まれたとしても、上手く切り抜けられるかも分からない。
「……り、たい」
「え?もう1回言って?」
「かえりたい…ママとパパのところにかえりたい」
ポロポロと涙を流しながら、黎を見つめる。
切実な声を聞いて、黎の胸はぎゅっと締めつけられた。
「うん、帰ろう。ママとパパのところに帰ろっか」
本来であれば、断るべきだ。無視するべきだ。関わってはいけない。
でも、今の黎には放っておくなんて出来なかった。
だって……
数日前の自分自身の状況に似ているから。
あの時は、ミサキが迎えに来てくれた。そのおかげで、黎は帰れた。
でもこの子はどうだ?迎えが来る保証なんてあるのだろうか?
黎よりもずっと幼い少女が1人…
見捨てておくなんて出来ない。
それに、きっとミサキなら優しく手を差し伸べると思う。
頭を撫でて『大丈夫ですよ』って、優しい顔で言うと言うだろう。
だから黎も、せんかの頭を撫でて精一杯の優しい顔を作ってこう言う。
「大丈夫だよ」
って………




