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28.鈴

リンッ…と、鈴の音が聞こえた。


 油断はしていなかった。

 細心の注意を払っていたし、手を繋いで後ろからウカにも見てもらっていた。はぐれるはずがなかった。

 危ない時間帯なのもわかっていた。人が多くなってきたのもわかっていた。だから、黎が握る手に力を込めたのに答えるように、ミサキも強く握りしめた。

 離さないように…


 なのに、手は離された。

 先程まで握っていた手の感覚が無くなるのを感じた。

 慌てて振り返ったが、黎の姿はなくウカと姑獲鳥と目が合った。


「黎くん?」


 鈴の音が聞こえた。だから、まだこの幽世内に居ることはわかった。

 だが、見えない。


「ウカ様!黎くんが!」


「イキナリ、イナクナッタ……」


「…別の道に逸れたか」


「ですが、先程まで手を繋いでいたのですよ?黎くんだけ逸れるなんて…」


 ありえない


 だが、その言葉は別の声によって遮られた。


「これはこれは、ご機嫌よう。宇迦之御魂神」


「何用だ?」


「何用という訳では、無いんですよ?ただ、お困りのようだから」


 そうそう、困っているようだから


 正一位様がお困りのようだから


 わらわらと湧いてくる輩に内心で舌打ちをする。

 だが、表情は澄ました顔で微笑むだけ。

 ウカの眷属として、恥じない行動をしなければならないから。

 姑獲鳥には、静かにしているように目配せをしておく。(お面で見えないが、雰囲気で察してくれたようだ)


「それで、私たちに協力出来ることはありますか?」


 何でもしますよ


 我らをお使いください


 一見して親切な言葉だ。

 だが、その節々に邪推な気持ちが見え隠れしている。


「…目的はなんだ?ここへ来た時から見ていただろう」


「目的だなんて、そんな大層なものはありません」


 そうです


 正一位様が気になるのは自然な事ですので


 こんな所で足止めをくらう訳には行かないのだが、低位の神たちが集まってくる。

 普段ならウカに対して発言などしないはずなのに、祭りで気が大きくなっているのか、それとも酒が入って正常な判断が出来なくなっているのか…


「貴様らの力は借りん。さっさと去るが良い」


 別のことを考えていると、ウカが静かな声で、多少の圧をかけながら言い放つ。

 野次馬のように見ていた妖たちは、1歩、2歩と、後ろに下がるが、話しかけてきた神たちは引かない。

 それどころか、1歩歩みを進めた。


 リンッ…


 小さな鈴の音が聞こえる。


「そう仰らずに、私たちなら探し出すのも容易です。ただ少し…」


 "使わせて"頂ければと思います


「今、なんと仰いましたか?」


 笑顔が消える感覚があった。だが、黙っている訳にはいかない。

 神という生き物は、実に面倒な質をしている。

 そして1番面倒なのは、人間を『物』として見ているということだ。

 低位の神ほど、そのような傾向がある。


「"使う"と仰ったのですか?」


 そんな事、許容出来ない。


 足音を立てぬよう、ゆっくりと一歩踏み出し、ウカの前に立ち相手の神をじっと見つめる。

 たじろぐ気配がした。だが、引く気は無いようだ。

 当たり前だろう。ミサキはただの眷属に過ぎない。仕えている神が上位でも、ミサキが偉くなる訳ではない。こうして許可も無く発言している時点で不敬と言われればそれまでだ。


 だが……


「大変恐縮なご提案ですが、丁重にお断りさせていただきます。連れは私が迎えに行きますので」


 着けていた面を外し、にっこりと微笑みながら言葉を紡ぐ。


「っ…この、狐風情が!」


 ただの眷属が、調子に乗るな


 そんな言葉が、右からも左からも聞こえてくる。

 ミサキは気にもせず、ただ微笑んでいた。

 だって、ミサキが怒る必要はない。後ろですごく怒っている神が居るのだから…


「…今、なんと言った?」


 重い圧が言葉に乗せて降りかかる。

 弱い妖たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 ミサキは内心、(この神様方は、馬鹿なのかな?)と、バレたらやばいことを考えていた。

 ウカがミサキという眷属を大事にしていることは、有名だった。それを知らずにミサキを侮辱するような発言をしたのだ。怒りを買っても仕方ない。

 やはり、祭りで気が大きくなり、さらに酒が入り頭が馬鹿になっているのだろう。


「もう一度、我を前に言ってみよ」


「ひっ……」


 真正面からかけられた圧に耐えられなかったようで、腰を抜かしてしまったらしい。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 今なお絶えず聞こえる鈴の音のおかげで、黎のいる大体の位置がわかったので、早く迎えに行きたいのだ。


「ウカ様、そのくらいでお止め下さい」


 不満そうな雰囲気を醸し出しているウカが可愛くて、少し笑いそうになってしまった。

 きゅっ、と表情を引き締める。


「ここは、楽しいお祭りです。思わず口に出てしまったのでしょう。ミサキは気にしておりません」


 ミサキに庇われるなど屈辱だろうに、何も言い返してこない。

 多分、言えないのだろう。しょうがない。


「それよりも、早く迎えに行きたいです」


 目尻を下げて、「とても心配です」と言わんばかりの顔をする。

 すると、仕方ないというふうにため息をついた。


「ミサキに感謝するのだな」


 そう言い残し、その場を後にした。

 チラリと後ろを見ると、ウカに1番初めに話しかけていた神は俯いていた。

 お面で表情は分からない。だが、不穏な気配がしたのだった。

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