14.種族の違い
微ホラー注意
「人と妖では生きる世界が違う」
ウカの無慈悲な言葉がこの空間に響き渡る。
頭が痛いことになった。ウカは前々からこの人魚のことをあまり好いてはいなかった。悪意なき純粋さ。今も、自分が何をしているのか分かっていないこの人魚にどう対応したら良いものか考えあぐねていた。
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。寿命も生きる場所も違う。お前が其奴を思うのならば手放せ」
「いや!やっと見つけた私の王子様なの。手放すなんて出来ない」
「お前のせいで死にかけていたとしてもか?」
「……え?」
何を言っているのか分からないと言った様子で、でウカを見続ける哀歌。その姿に深くため息を吐いた。
「そ、そんなはずないもん!」
「ならば、そのまま海の藻屑にしろ。お前の手で」
泣きそうな顔で、ウカと腕に抱えた男を交互に見る。時折、助けを求めるかのようにミサキを見るが、概ねウカと同じ結論なのだろう。口を出すことも手を貸すこともない。黎は初めに立っていた場所よりも2、3歩後ろに下がっていた。
「ミ、ミサキちゃん、神様が言ってるの嘘だよね?この方は私の王子様で、運命で…」
「哀歌さん、その方は人の子です。貴女が地上で生きられないように、人の子は海の中では生きられない。貴女がしようとしているのは、その方の未来を奪う行為です」
「でも、でも!この方は私に答えて、私を愛してくれて!」
「愛しているなら、貴女にこんな酷いことさせないよ」
淡々と言葉を紡ぐミサキを見て、哀歌は大粒の涙を流しながらやがて泣き崩れてしまった。その涙は海の底で真珠となった。
その後、無事に哀歌から人間の男を回収し、黎が呼んだ救急車で運ばれるのを見送った。哀歌は、最後までその姿を焼き付けるように目を離すことはなかった。
「哀歌さん、私たちは帰りますね」
「うん…」
「お祝いできなくて、ごめんなさい。でも、あのままでは哀歌さんも悲しい思いをしていたと思うんです」
「…ミサキちゃんたちは、悪くない。私が知らなかったから…」
そういう彼女の言葉には力がなく、ずっと俯いたまま。
罪悪感が湧き出てくるが、ミサキたちは最善のことをしたと思う。だが、人の子であるあの男にとっては最善でも、人魚である哀歌にとってはそうではない。
種族違いの恋は、いつの時代でも難しい。ミサキはどうにか出来ないかとウカを見上げる。目が合ったウカは、一瞬眉を顰め小さくため息を吐いた。
「あと、5秒後だ」
「え?」
なんの事かを聞こうと口を開いた時、バシャンと波の音が聞こえた。慌てて振り向くと、そこには黒に近い青の髪を持った男の人魚が居た。尾びれは海の中に隠れていて見えない。
「哀歌!こんなところに居た」
「どうしてここに!?」
「お前を探しに来たんだよ。行方不明になってたと思ったら無事に帰ってくるし、帰ってきたと思ったら運命だ!って騒ぎながらまた出ていくし…少しは大人しくしてろ!」
「ご、ごめんなさい…」
バツが悪そうに目線を逸らしながら謝る哀歌と、哀歌を叱る男の人魚に驚き目を丸くする。
「兎に角、帰るぞ!大変、ご迷惑をお掛けしました。すみませんでした」
「い、いえ!全然!っては言えないけど、大丈夫です!」
咄嗟に本心を口走ってしまい、慌てて口を抑えるが時すでに遅し。先程よりも深く頭を下げられてしまった。
「本当にすみませんでした。当分の間、家からは出さないので、どうかご容赦を」
「え!?」
「え、じゃない!どんだけ心配したと思ってんだ!」
「心配してたの?」
「あ、いや、兎に角!帰るぞ!失礼します!」
そういうと、哀歌の手を引き、挨拶をする間もなく海の底へと消えていった。
「ウ、ウカ様、これは…」
「なんか、凄かった…」
「ダイ、ジョウブカナ?」
「海は管轄外だ、我らも帰るぞ」
何も言わずに帰るウカの後を追う。ミサキと黎は困惑しながらも、何とかなったと安堵した。
人魚に誘われて来た海だったが、こんなことになるとは思ってもみなかった。そして、人間の常識って通用しないんだな…と、黎は改めて思ったのだった。
男は病院で目を開けた。暗い海の底で漂い、肉を食らった記憶がある。だが、それ以外は覚えていない。
何故、病院に居るのかも分からない。
歌が聞こえる
聞こえるはずなのに、波の音にかき消されてしまう。波の音なんて聞こえるはずもないのに。
歌が聞こえる
誰かが呼んでいる声が聞こえる
『海にかえれ』
そう言っているような気がした。
この男がこの後、800年程生きるのは誰も知らないお話………




