13.人魚
『人魚伝説』をこの現代においてどれだけの人が知っているのだろうか?
日本における『人魚』は、不老長寿をもたらす神秘的な存在や、凶兆を告げる妖怪として知られている。
中でも、人魚の肉を食い800歳まで生きた少女のことは、『八百比丘尼伝説』として知れ渡っている。
そして、今黎たちの目の前には、1人?1匹?の人魚が居た。あらかた遊んだ黎はミサキに連れられ、近くの岩礁に来ていた。人気がなく、さっきまで人の声でうるさかったのに、ここは波の音しか聞こえない。
ミサキが貝を海に投げ入れる。ポチャンっと音がしてらしばらくすると、バシャンっと人魚が飛び出してきたのだった。
美しい黒髪に小さな貝で作ったアクセサリーを付け、胸元には貝…ではなく昆布が巻かれている。尾びれは濃い緑色で鱗が光に反射してキラキラと輝いている。
黎が想像していた人魚は、もっとキラキラしていて真珠や珊瑚で煌びやかに身を飾ったりする、そんな姿を想像していたが、会ってみると言ってしまえば地味だった。
「哀歌さん!」
「ミサキちゃん!」
久しぶりー!と手を取り合い仲睦まじい姿を見て、黎はウカに小声で尋ねようとすると、それを察してか少しだけ屈んでくれた。
「あの、知り合いですか?」
「一応な」
「人魚と知り合い…ちなみにいつ?」
「3年ほど前だな。干からびていたところをミサキが助けたのだ」
人魚が干からびるのを想像してしまい、慌てて思考から追い出す。
それよりも、日本にも人魚って居るんだなと不思議に思い尋ねると、意外と何処にでも居ると言われてしまった。
「哀歌さん、海へのお誘いありがとうございます!」
「いいのいいの!楽しめた?」
「もう、とっても楽しみました!」
「それなら良かった!」
「それで、何か御用だったんですか?」
「そうなの!あのね、私結婚することにしたの」
ミサキは言われた言葉が理解できず、思考が停止してしまった。何度かパチパチと瞬きをするが、真剣な哀歌の表情は変わらない。ゆっくりとウカの方を見ると、険しい表情をしていた。
「結婚、ですか?」
「そうなの!もう運命だった、一目惚れ!あんなに優しくて素敵な人見つかりっこないから、結婚しようと思って!」
「人魚、その相手は何処の誰だ」
「もう!神様ったらせっかちね。今連れてくるから待ってて!」
そう言って、哀歌は海へ潜った。
『連れてくる』と言って海に潜ったのだから、海に住む方だろう。他の人魚でも居たのだろうか?それとも、別の種族の方だろうか?おめでたく、喜ばしいことなのに素直に喜べず、不安な気持ち、嫌な感じがしてたまらない。
しばらく待って居ると、哀歌が戻ってきた。腕にはグッタリとしている『人間』の男を抱えて……
「哀歌さん!」
「見て!この方よ。私の運命の人で、私の旦那様なの」
見るからに衰弱していて、生きてるのが不思議な程だった。目は固く閉ざされ、手足はだらんとして意識がないことが伺える。
「哀歌さん、その方は人の子です」
「?知ってるよ」
「人の子は、海の中では生きられない。哀歌さんと結婚するのは無理なんですよ」
なるべく刺激しないように言うが、哀歌はキョトンとした顔のまま首を傾げた。
「変なミサキちゃん。この方は海の中でも生きてるよ?たまに地上が恋しくなるみたいだけど、チューをすれば大人しくなるもん」
それは酸素を求めているんです!と声を大にして言いたいが、そんなこと言っても伝わりそうにない。
価値観や考えが違うことは分かっていたが、ここまでとは……
見捨てる選択肢もあるが、知ってしまった関わってしまった以上、このままにしておくことは出来ない。
「私の声を聞いてくれたの。私を覗き込んでくれたの。私の元に来ようとしたの」
嬉しそうに、少女のように頬を染めて笑う。
「だから、私、この人と結婚するの!」
だって両思いだから!




