『春のご挨拶』-5-
山の中にある屋敷から桜並木まではそれほど遠くなく、10分弱程で到着した。
桜の花びらが風に吹かれ、ひらひら舞っている。まるで、花びらたちがダンスを踊っているかのように。足元には、落ちた花びらが絨毯のようになっており、一面綺麗なピンク色。空は快晴。最高のお花見日和だった。
「ウカ様、こちらに座りましょ?」
敷物を忘れてしまったため、そのまま座る。
ウカも何も言わずにミサキの傍に腰を下ろす。
2人の間に会話はない、優しい風と風で舞う花びらだけ。
数分程そうしていただろうか。いきなり、大きい風が吹き、落ちていた花びらが舞い上がる。桜の花びらを巻き込んで小さなつむじ風を作った。
横から手が伸び引っ張られたかと思うと、ミサキはウカの腕の中にいた。腕の中からウカの顔を伺うと何処かを睨みつけ舌打ちをした。
「大事ないか?」
「だ、大丈夫です」
ミサキの顔をみて、優しく問うウカ。先程までの険しい顔はどこにもなかった。
「あの妖怪め…」
「妖怪?居たんですか?」
「気にせずとも良い
それよりも、弁当は食わんのか」
ウカの呟きを聞いたミサキは、首を傾げながら聞く。だが、ウカは首を横に振りミサキに本来の目的を思い出させた。
「あ!そうです!
食べましょう!」
いそいそと、風呂敷を広げ重箱を並べ始めたミサキは先程のことなど、既に忘れていた。
ミサキが作った弁当は、春らしさ満開の弁当だった。可愛らしいおにぎりや好物の稲荷寿司。
揚げ物は、どうせ式神たちが作ったのだろうと考えるウカだったが、嬉しそうに楽しそうに説明するミサキを見ていると、余程この弁当作りが楽しかったのだと伺える。
3段目は、春野菜と山の幸使った煮物が詰められていた。人参や蓮根は飾り切りされており、美しい花の形になっている。
「この飾り切りはミサキがやったのか?」
「はい!上手く出来たんですよ!」
「器用なことだ」
優しく頭を撫でると嬉しそうに笑うミサキ。ウカも目を細めて、ミサキを見つめる。
「そちらの小さい方は何が入っている?」
「あ!こっちは、ぼた餅と桜餅です!」
「そういえば、作ったと言っていたな」
重箱とは別の小さな入れ物には、厨で話したぼた餅が入っていた。
春分の日を中日とする前後3日間は、春のお彼岸と呼ばれ、牡丹の花に見立てたあんこ餅(ぼた餅)を供え、あずきの力で邪気を払うという風習がある。
小豆の赤色は魔除けや災難を払う効果があると昔から信じられていたからだろう。
また、五穀豊穣の祈願の為に食べるという習わしもあるそうだ。
(余談だが、ぼた餅とおはぎは名前が違うだけで同じものだそうだ。
牡丹の花に見立てるか、萩の花に見立てるかの違いだ)
「どうぞ、食べてください!」
取り分けられた弁当のおかずを、丁寧な所作で口へと運ぶ。
おにぎりは、紫蘇の香りと枝豆のアクセントでとても美味しく、楽しい食感になっている。
稲荷寿司は、お揚げの味付けが丁度よく、鼻に抜ける紫蘇と胡麻の風味でさっぱりとしていた。
「美味い」
たった一言、それだけでミサキはとっても嬉しそうに笑った。
2種類の味の唐揚げも、卵焼きも美味しく、何個も手を伸ばしそうになるが、他にも食べていない物があるため渋々諦めた。
そんなウカをみて、ミサキはくすくす笑いながら、沢山食べてください。などという。
ウカは、そんなには食べられんと首を振りながらも、もう1つと手を伸ばしていた。
煮物に手を付けたところで、カサリと音がした。
音がする方に2人揃って顔を向けると、そこには2〜4歳程の子供たち。春のため、緑や黄緑の葉っぱのお洋服を着てこちらを見ていた。
「あ!木の子ちゃんたち
待ってたよ、一緒にお弁当たべよ?」
ミサキが嬉しそうに声をかけると、子供、木の子たちはわらわらとウカとミサキたちの周りに集まった。
全部で10人程。これはすぐに無くなるなと、弁当に伸びる小さな手を見ながら思った。
「う〜ん、すぐに無くなりそう…」
ミサキも同じことを思ったのか、小さく呟きながら苦笑いを浮かべていた。
「おいし」
「おいし」
「これ、なに?」
「これ、あまい?」
小さな鈴のなるような声で、木の子たちが話している。真っ黒の目がキラキラと輝いて見える程の嬉しそうな木の子たちに、ミサキもウカも顔を見合せて笑った。
「ウカ様、今年も素敵なことが沢山あると良いですね」
「面倒事はもう御免だ」
「そんなことを言ってると、本当に来ますよ?面倒事
現世ではそういう事をフラグと言うらしいです!気をつけないと!」
「知らん」
「もう!ウカ様!」
桜舞う山の中、1人の少女と1人の神が笑い合う。
美味しいご飯を食べながら。
少女の名は『ミサキ』
神の名は『宇迦之御魂神』
この2人にどんな出会いが待っているのか、それはまだ分からない。
だが、来年もこうして桜を見ることだろう。
これにて、『春のご挨拶』-お花見を添えて-は閉幕
2人の1年をどうぞ暖かく見守ってください。




