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09.歌

微ホラー注意

青い海の奥底で、それは歌う


 愛しい者を呼ぶかのように


 無邪気な笑顔で誘うかのように


 誰かの死を悲しむかのように


 それは歌う、誰かに届くように……



 漁船に乗っていた男たちは慌てた。

 大嵐が来たからだ。海の天気はとても変わりやすい。快晴だと思っていた数時間後には嵐になることなど、良くあることだった。

 だが、今回の嵐はただの嵐ではなかった。海がまるで生きているかのように蠢くのだ。漁船にあたっては男たちに潮水が降りかかる。その潮水は纏わり付き、段々と体が重くなっていくのを感じていた。


 何かがおかしい


 1人の男が目を凝らしながら海面を覗き込む。海は暗く、まるで深淵を覗いているかのよう。

 背筋が凍る。今から、見てはいけないものを見る気がして。だが、視線を逸らすことも、体を動かすことも出来ない。周りの声が段々と遠くに聞こえる。あんなにうるさかった雨の音も波の音も聞こえない。ただ、歌声が聞こえてくるだけ。


 海に生きるものよ


 海を愛するものよ


 我を愛するものよ


 己を愛するものよ


 祝詞のような歌が聞こえる。本能でこれは聞いてはいけないと警告が出されている。だが、体は金縛りにあったかのように動かない。眼球だけが微かに動かせる程度。動かしたところで、見えるのは闇のような海面だけ。


 海で生まれた者たちよ


 海にかえれ


 海にかえれ


 海にかえれ


 海にかえ…


「おい!!」


 後ろから引っ張られる。それと同時に先程まで動かなかった体は、何事も無かったかのように動くようになった。歌も聞こえない。代わりに雨の音や波の音、漁船に乗っている男たちの怒号が聞こえてくる。


「ボーッとすんな!さっさと手伝え!」


「あ、おう、悪い…」


 引っ張ってきた男に連れられ、作業に戻る。

 何とか嵐を抜けることが出来、皆で安堵して居ると、船長から呼び出しを受けた。


「お疲れさん、なんかあったか?」


「お疲れさまです……いえ、その」


 なんと切り出したら良いものか、先程の経験はまるで夢でも見ていたような感覚だった。言葉を探している間、船長はジッとこちらを見ているだけで何も言わなかった。


「あの、気のせいだと思うんすけど…」


 と、前置きをしてから言葉に詰まりながらも海面を見ていたら、音が聞こえなくなり、歌が聞こえたこと。金縛りにあったかのように体が動かなくなったことを話した。


「な、何言ってんだって話ですよね…」


「いや、お前気づいてねぇだろうが酷い顔色だ。…あのよ、他のやつの話ではお前海面に手を伸ばしてたんだと。船から身を乗り出して。あと少しで落ちるところだったんだぞ?」


 その言葉を聞き、スーッと血の気が引いていくのが分かった。

 あのまま、引っ張って貰えなかったら落ちていたということだ。間一髪のところで助かった。それと同時にもう1つ恐ろしいことに気づいた。

 あの歌、確か……


『還れ』


 って言っていたような…

 一体、何処に『還れ』というのだろうか。

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