31.春のご馳走
気まずい空気が流れてから一刻ほど経った。黎はどうにかしてこの場から立ち去りたかったが、この屋敷の構造もわからなければ、立ち去れる空気でも無いため身を小さくしてただ黙って座っていた。
(早く戻って来て、ミサキちゃん…)
黎たちの夕餉を作りに行ったミサキを心の中で呼ぶ。その願いが届いたのか、襖がゆっくりと開くと式神たちがぞろぞろと入ってきた。
同じ格好、同じ髪型、同じ面布を付けた式神たちは、机を片付け始める。そして、座布団を敷いていく。促されるように座りながら待つと、ミサキがお膳を持って入ってきた。
「皆さん、お待たせしました!」
ミサキがウカの前に膳を置くと、続くように式神たちが黎たちの前に置いていく。その膳を見ると皆目を輝かせた。
「短時間でよく作ったものだ」
「式神さんたちが手伝ってくれたので!」
「とても美味しそうです」
「これを全てミサキ様が?」
「いえ、前から仕込みをしてもらっていたし、屋敷に帰ってきた時にお願いしたものもあるので、私がやったのは仕上げくらいです」
それでも凄いと皆口々に賞賛を述べる。黎もこんな豪華で美しい食事は初めてだった。隣の姑獲鳥も目を輝かせている。
ミサキは式神たちに丁寧にお礼を言うと、ウカの隣に座る。
「どうぞ、お召し上がりください!」
ウカが一口食べたのを見て、他の人たちも食べ始める。1口食べる事に美味しそうに顔を綻ばせるのを見て、ミサキはとても嬉しい気持ちになっていた。
心配だった黎も美味しそうに食べているようで一安心。
「食べながらで構いません。献立の説明をしますね」
今回は春の食材をふんだんに使った『春の特製御膳』になっている。
この前取りに行ったタケノコを使った『たけのこご飯』。ずっと作りたくて、やっと作れたのだった。屋敷に帰ってきて直ぐに式神たちにお願いして作ってもらったので、ミサキが行ったのは上に木の芽を乗せたことだけ。
汁物は『蛤とウドのすまし汁』。ウドはタケノコを取りに行った的についでに取っておいたのを使うことができた。
向付は『鯛の松川造りとホタルイカの酢味噌和え』。赤と白を使った料理なのでとても御目出度いものとなっている。
煮物椀には新キャベツを使った『新キャベツとわかめの煮物』。椀種として、えびしんじょを入れている。薄口醤油で味付けしてあるが、出汁が効いているのでとても上品な1品になっている。
焼き物は『鰆の西京焼き タラの芽を添えて』。タラの芽もタケノコを取りに行った時に取ってきたもの。鰆は文字を見る通り、春を代表する魚であり、タラの芽も山菜の王様と呼ばれ、春の訪れを象徴する食材である。海と山の春がこの1品で感じることが出来る。
預け鉢は、初めは若竹煮を作ろうとしたが式神たちの提案により『筍と蕗の直火焼き』になった。食材と調理法が被っていたこともあり、こちらへ変更された。直火焼きも食べたかったからという理由もあることは内緒である。
春の膳を締めくくる香の物は『菜の花とわさび菜の浅漬け』わさび菜はピリッとした辛味がある為少し苦手なのだが、西京焼きなどの濃厚な味の後には口の中を爽やかにしてくれる為、とてもうってつけなのである。
「食後には甘味もありますので、楽しみにしていてくださいね」
ニコニコと楽しそうに話し終えたミサキも、自分の膳に手を付ける。この短時間でここまでの料理を作れたのは、偏に式神たちのおかげである。何を作るかは、事前にミサキが考えていたので、それに沿った材料を集め下拵えをしておいてくれた。下拵えさえしっかり出来ていれば、作るのは難しいことではない。完璧な春のご馳走が出来上がった。
紅と朱は美味しい料理を食べながら、後で絶対に作り方を聞こうとアイコンタクトをして頷いていた。紅燕は1品1品味わいながらゆっくりと食べ進めている。
黎は初めて食べる食材に戸惑いながらも、1口食べれば目を見開き美味しそうに顔を綻ばせる。その様子を嬉しそうに眺めながめる姑獲鳥。
ウカは表情はそこまでいつもと変わらないが、目を緩ませながら食べている。
食後の甘味は『抹茶ゼリー』。いちごが1切れ添えてある。こちらも美味しそうに食べてもらい、全て綺麗に完食してくれた。
これにはミサキも式神たちも嬉しそうに笑っていて、素敵な食事会となった。
「また来ますね!」
「次は一緒にお料理してください!」
「是非!色々作ろうね!」
手を取り合いながら楽しそうに笑い合うミサキと紅と朱。良き友に巡り会えたようで、嬉しい気持ちがあるが嫉妬しないとは言っていない。ジッと見つめるウカに気づいた紅と朱は苦笑いしながら、紅燕と共に深々と頭を下げながら帰って行った。
「黎くんもお気をつけて」
「うん、ありがとう。でも、あの…」
とても言いずらそうに後ろを見る黎。ミサキもその目線を追うと、ニコニコと笑っている姑獲鳥が居た。
「一緒に来る気なんだけど…」
「えっと、多分他の人には見えないので大丈夫です」
「そういうことじゃないよ…」
「オカアサン、イッショ、イヤ?」
「いや、母親が妖怪とか言われても困る」
「うーん、それはそうですよね」
困ったように言う黎に、シュンと肩を落とす姑獲鳥。その様子に黎はあわあわとしてしまう。
「いや、あの、困るだけで嫌ではないから!」
「イヤジャ、ナイ?」
何度も頷く黎に嬉しそうな顔になる。
「ナラ、イッショ!」
その言葉にやってしまったという顔をする黎だが、肩を落として諦める。
「えっと、何かあったら来てくださいね」
「?来ていいの?」
「?はい、もちろん。良いですよね?ウカ様」
「好きにするが良い」
ぶっきらぼうに言うが、声に拒否の色は無い。その言葉にお礼を言いながら姑獲鳥と一緒に黎も帰って行った。
みんな帰ってしまい、少し寂しい気持ちになるがウカの方を見て2人して屋敷の中へ入って行った。




