19.名前
落ちてきたミサキは、無事なものの、驚きすぎて目を回していた。座標のズレはよくあるが、まさか上空に投げ出されるとは思わなかったのだ。
「大丈夫か?」
「ミサキ様、ご無事ですか?」
「怪我はありませんか?」
人間の子供の腕の中で微動だにしないミサキを見て、ウカたちは心配で声をかけていた。
だが、ウカたちの姿はミサキ以外には見えていないので、この状況で声を出すわけにはいかず返事も出来ない。
どうしたものかと、ふと顔をあげると人間の子供と目が合った。
「えっと、大丈夫?」
困ったような顔でミサキの顔を覗き込んでいる。
「は、はい、大丈夫、です!」
「本当に?」
コクコクと何度も首を縦に振るとようやく納得してくれた。人間と関わりが薄いため、なんと返事をして良いものかと戸惑ってしまった。
「でも、なんで空から?」
「えっと、な、なんででしょう?」
家の門を出たら空にいました。とか、縁を辿ったら空でした。なんて言っても信じては貰えないだろうし、かと言って他の言い訳も見つからず、困った顔で笑うしかなかった。
「ミサキ、さっさと其奴から下りろ」
ウカの硬い声に思わず顔を向ける。思ったよりも不機嫌になっている様子のウカに、慌てて人間の子供に下ろすように伝えようと顔を見るも、ミサキを見ていなかった。
人間の子供の目線は前を向いている。怯えている訳ではなさそうだが、少し顔が強ばり、ミサキを抱いている腕に力が入っている。不思議に思いまたウカを見ると、ウカも人間の子供の方を見ていた。
あれ?と思った時には既に遅く、ウカが1歩こちらに近づいていた。それに合わせるかのように人間の子供も1歩後ろに下がった。
「ほう?お前視えてるな」
「え?」
「珍しい事だ」
術を使い姿を隠している為、霊感がどんなに強くても見えるはずがない。そんなウカたちが視えるなんて、とても特殊な目を持つ人間ということになる。
「あの…」
「良い、その話は後だ。まずはミサキをさっさと下ろせ」
ウカの言葉に戸惑いながらも優しく下ろしてくれた人間の子供にお礼を言いながら、ウカの元へと駆け寄るミサキ。そんなミサキの頭を優しく撫でながら、人間の子供へ問いかける。
「人間、名前は?」
「え?名前?こ、こや」
「わーー!!」
ミサキが大声を出しながらウカと人間の子供の間に立ちぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「だ、ダメです!!絶対ダメです!お名前教えないでください!この人神様だから、人間さんのお名前縛っちゃう!」
言うなら言うなら名前だけ!フルネームだめ!っとすごい剣幕で言う姿を見て、冷や汗が吹き出る。ウカを見るが涼しい顔をしているため、余計に怖くなる。
「れ、黎です…」
どうしていいか分からず、ゆっくりとウカから視線を外し、ミサキの方を見る。するとミサキは、にっこりと黎に笑いかけた。
「私はミサキ。よろしくね」
「あ、よろしくね」
ミサキと目線を合わせるようにしゃがむと、小さな手で頬を挟まれた。
「でもね、黎くん。知らない人に名前聞かれても教えちゃダメです。本当に危ないんだから!」
名前で呼ばれ、しかもお説教が始まってしまった事に驚くが、頬を膨らませながら至極真っ当なことを言われると、何も言い返せない。ミサキの頭越しに紅と朱はクスクスと笑っているのが見える。それもまた、黎の羞恥心を煽っていた。
「視えるって言うだけでも危ないのに、お名前を教えようとするなんて!黎くん?聞いてる?」
「わ、聞いてるよ?」
「本当に?何かあってからじゃ遅いんだよ?黎くんを大切だと思ってる人が悲しい思いしちゃうんだから、ちゃんと気をつけて」
「…はい、ごめんなさい」
黎が素直に謝ると、頬から手を離され、優しく頭を撫でられた。いい子いい子と撫でるミサキの姿に、何故かとても懐かしい気持ちになった。




