08.相談事
一瞬のことで、何が起きたかよく分かっていないミサキはパチパチと瞬きをした。
「か、帰った?」
「帰ったな。相変わらず自由なことだ」
「良ければお夕飯にお誘いしようと思ってたのにぃ…」
諦めろというふうにミサキの背中を撫でる。小さくグゥと呻く姿を見て、僅かに顔を綻ばせた。
「主様、お客様をお通ししてもよろしいでしょうか?」
タイミングを見計らったかのように、式神がウカに声をかける。
実際、タイミングを見計らっていた。まさかミサキに挨拶してすぐに帰るとは思わなかったが。
「構わん、通せ」
短い声で許可をする。その声を聞き、ミサキもパッと顔を上げる。
ゆっくりと戸が開かれると、門で会った3人が立っていた。
「相見える許可を頂き、感謝申し上げる」
深々と下げられる頭。それに見向きもせずにミサキを撫でるウカ。
これはどうしましょう…と1人遠い目になったミサキだが、何も言わない訳には行かない。
「入ってお座り下さい」
静かに、しかし堂々と3人に向かって声をかける。
下げられた頭が上がり、また目が合う。肩がびくりと跳ねたが、意地と気合いで乗り切った。
「ウカ様!夕餉の準備をしてくるので離してください!」
「嫌だ」
「嫌じゃありません!ほら、紅燕様たちのお話も聞かないと!」
「ミサキも一緒に聞けばよかろう」
「私が聞いてもわかんないですよ!!」
はーなーしーてー!!とジタバタ暴れるミサキ。
ウカの拘束から何とか抜け出そうとしているが、ぎっちりと捕まっている為抜け出せない。
「夕餉は式たちに作らせれば良い
座っていろ」
これは何を言っても話す気は無さそうだと思い、抜け出すのは諦めた。
だが、不満はあるようでまろい頬を膨らませ、無言で不満を訴えている。それすらも可愛いウカは、片手でミサキの頬をもみもみとした。
「それで?森の守り神とされる天狗が我に何用だ」
多分、そのまま話すのかと思われたに違いない。
女神様方も自由だが、ウカも大概自由である。ミサキは心の中で謝罪した。
困惑しながらも、真っ直ぐとウカを見つめながら、話し始めた。
「現世にて、誘拐事件が起こっており、私ども天狗の所為ならんと言い放たれ、面目を失せたる次第でございます」
「事実では無いか」
「事実無根にございます」
ウカの言葉に被せるように、紅が反論する。
なんでも、ここ数十年は子供を攫ったことは無いと言うのだ。その為、今回の誘拐事件も天狗の関与は一切ないと断言した。
「然るに、私どもの咎とさられては、末代までの恥辱にございます」
「自業自得であろう」
容赦のないウカのツッコミに苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
だが、ウカの言葉は最もだろう。天狗は昔から人を攫うと言う。特に幼い子供を。いくらここ数十年、誰も攫って居ないとしても、人間の世界では言い伝えとして残ってしまっている為、誤解を解くのは不可能だろう。
「はぁ…最後まで聞くだけ聞いてやる
我に何をして欲しいのだ」
「稚児を攫った者と縁を繋いで欲しいのです」
「お前は阿呆なのか?」
思わぬ言葉に、ウカもミサキも言葉を失う。
チラリと、紅と朱を盗み見ると、紅は目を逸らし朱は頭を抱えていた。
あ、これが通常なんですね。と、少し同情するような目で見てしまった。
「ゆめ、戯れにはあらず」
「なおタチが悪い…」
曇りなき眼で見つめ即答する紅燕。
とうとうウカも頭を抱えてしまった。
「えっと、何故そんなに考えに?」
純粋な疑問を投げつけると、ミサキに目線をやった。
「造作もないこと。己が手にて絡め捕らばかかる浮き名も失せましょう」
「この脳筋が…
そも、人間の事は人間に任せるしかあるまい
お前が捕らえたところで、面倒が起こるだけだ」
どちらの言い分も分かるのだが、人間の事に関してあまり妖怪(神)が手を出すのは得策ではない。
一族の名誉を守りたい長の、強い志の元ここに来たのだろう。だが、考え方が脳筋すぎる。
「…お前たち2人、そこの阿呆と同意見か?」
「いえ、わたしは父が他所様に、しかも宇迦之御魂神様にご迷惑をお掛けしないよう見張るために来ましたので」
「突拍子も無いことを申し上げるかもと思いましたが、ここまでとは…」
辛辣な2人の言葉に、紅燕は少ししょげている。
ウカは、何故この阿呆から立派な子が産まれるのだ?と心底不思議でならないようだった。




