29.代行者 2
正直に言うと、本当に忘れていたのである。
代行者としての仕事といえば、もっぱらウカの代わりにする机仕事程度だ。たまに豊穣の力を使うこともあるが、その機会は滅多にないため、力を使うのはとても苦手である。そして、こんな緊急事態に陥ったのは初めてだった。神の権能を代わりに使えるさえ、屋蜘蛛に言われて思い出したくらいだった。
「式神さん、黎くんを迎えに行くので屋敷は頼みました!
あ、あと、一応ウカ様に連絡と、みこちゃんたちにもお伝えしてください!」
「かしこまりました」
「お気をつけください、お嬢様」
ミサキは門の前で振り返り、式神たちにそう伝える。ほかに言い忘れたことはないかと考えるが、何も思いつかない。式神たちなら、特に細かい指示を出さずともなんとかなるだろう。そんな少し投げやりな考えに至っていた。
縁の繋ぎ方なら、知っている。何年も見てきているから。それも特等席で。
心配なことは何もない――はずである。
「よし、行ってきます!」
いつも通り、ミサキは元気よく挨拶をしてから門に手をかける。
鈴の音が聞こえる。迷いはしない。
望む場所へ繋がるようにと願いながら、門を開いた。
所詮、神と言ってもこの程度
この人間を使えば、我らはもっと力を持てる
人の想像力も恐ろしいものよ、噂程度で怪異さえ生まれてしまう
宇迦之御魂神は、なんと間抜けか
我らの行動に気づきもしない
恐れることなど何もなかったな
私は、とても穏やかな性格だと自負している。怒ることは滅多にない。そもそも、私が怒る前にウカ様が怒ってしまうから、自然と冷静になれるのだ。それに、だいたい言われていることは本当のことだから気にしない。
だけど……
「私だって腹くらい立てますが?」
聞こえてきた声に、ブチりと血管が切れるような音がした。実際切れていたら大問題だが、たぶん気がしただけだから問題はない。
……問題はないのだが。
ふわりと、黎くんの前に降り立つ。
黎くんを庇うように立っていた姑獲鳥さんと、その後ろにいた黎くんは、驚きと安堵が入り混じった表情で私を見た。私は、ちゃと笑えていただろうか?
「お迎えに来ましたよ」
できるだけ優しい声で話したが、黎くんが困惑したような表情を浮かべた。気にせず、前を向き直る。
黎くんに聞いた通りの三人と、ウカ様より格の低い神三人――計六人と対峙する。
神三人は驚いたように身じろぎしたが、顔を面布で隠しているため、表情までは分からなかった。驚きは一瞬だったようで、すぐに罵声を浴びせてきた。
「狐風情がなんの用だ!」
「どうしてここがわかった」
「神の温情で生きているだけの、この死に損ないが!」
ここまで言われる筋合いはないのだが、彼らは何をそんなに怒っているのだろう?
どう考えても私たちは初対面だ。ここまで言われる筋合いはない。
「あれ? もしかして夏祭りでお会いしましたか?」
まさに今思い出した、といった様子で問いかけると、プライドを傷つけられたらしく、大声で怒り始める。
夏祭りで、最初にウカ様へ話しかけた神だったのだ。あの時から不穏な気配がしていたが、まさかこんなことをしでかすとは。
「そんなに怒らないでください。格が低いなら、身の振り方もそれ相応にしたほうがいいですよ」
わざと煽るような言葉を使う。
予想通り、神たちは私の煽りに乗り、私を罵倒し始めた。ただ予想外だったのは、黎くんや姑獲鳥さんまでも罵り始めたことだった。
そして――
「あの神は、拾った狐一匹に随分と入れ込んでいるらしい。神ともあろう者が、獣に情を移すとは嘆かわしいことだ!」
「挙げ句の果てには、そいつを代行者に据える始末。宇迦之御魂神も、随分と見る目がないらしい!」
「終いには、人間なんぞを贔屓している。神にあるまじき行為だ!」
この神たちは、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか?
いや、分かっていないからこそ、そんなことを言えるのだろう。
ぶわりと狐火が立ち上がり、神たちを取り囲んだ。
「お前、我が主を愚弄したのか?」
自分でも驚くほど、激怒していた。
普段の私では考えられないほど低い声だった。それほどまでに、怒っていたのだ。




