26.平穏には程遠い
ミサキは、机に置かれている紙束を睨んでいた。
紙束は、黎から聞いた噂について、式神や白狐たちに調べてもらった調査報告書だった。
「どう考えても、専門外です……」
内容を読めば読むほど、ミサキたちの専門外であることが分かった。
所詮、人の噂も七十五日。たとえ怪異が生まれたとしても力は弱く、滅多なことなどできやしない。それがミサキの考えだった。それに、もし力をつけて暴れたとしても、それに対処するための組織がある。人間のしでかしたことは、人間がカタをつけるのが暗黙の了解だ。それ故に、手出しをするのはあまり宜しくないのである。
「ですが、どうしましょう……」
対処してもらうにしても、時間がかかるのは明白だった。それまで黎は安心して過ごすことができない。既に一度、出会ってしまっているから、何か良くないことに巻き込まれるかもしれないと思うと、不安で仕方なかった。だとしても、勝手な行動をとるわけにはいかない。今のミサキは、ただの眷属ではなく、宇迦之御魂神の代行者としているのだから。
だが――
「心配なものは、心配です!」
畳にごろりと寝転がり、稲穂柄の真っ白な着物が着崩れるのも構わず、ジタバタと手足を動かして、どうしようもない気持ちを発散させた。動くたびに白い髪が広がり、畳を白く覆っていく。
力を抜き、仰向けに寝転がって天井を見上げていると、屋蜘蛛が顔だけを出して、ミサキを心配そうに見つめていた。ミサキは慌てて大丈夫だと伝えると、納得していない顔で渋々いなくなってくれた。
見られていたことが恥ずかしくて、仰向けからうつ伏せになり、足をパタパタした。
「やっくんに見られてた……はずかしい!」
顔を隠したまま小さな声で呟く。心配で見に来てくれたことを理解しているので、勝手に見ていたことは特に気にしないが、自分の訳の分からない行動を見られていたのは、恥ずかしかった。
「絶対変に思われた」
ミサキの考えは、大体合っていた。
屋蜘蛛は、ミサキの行動を見て「疲れておかしくなったのかな?」と心配していた。
ミサキはそのまま力を抜き、眠りに落ちそうになった。ウカの代わりに仕事をしていたので、疲れていたのだ。慣れないながらも一生懸命頑張っていた。だが、息抜きに料理をする時間も余裕もなくストレスが溜まっていたのは事実である。
このまま少し眠ろうかと瞼を閉じた。
バッと顔を上げ、立ち上がる。着崩れた着物を丁寧に直している暇なんてなく、乱れた髪もかき上げて後ろに流すだけで、急いで廊下に出て式神を呼んだ。
「式神さん!」
自分でも驚くほど、焦りのにじんだ声だった。
慌ててはいけない。こういうときこそ、冷静に行動しなければならない。
一つ深呼吸をして、息を整える。
「式神さん、姑獲鳥さんを連れてきてください。あと、みこちゃんとけいさんにも連絡を」
「かしこまりました」
ミサキの指示を聞いた式神は、すぐにその場からいなくなった。
「何かあった?」
いつの間にかミサキの後ろにいた屋蜘蛛が問いかける。
「鈴が鳴りました。黎くんに持たせている鈴が……」
夏祭り以降、黎が肌身離さず持っている、ミサキ特製の特殊な鈴。それが鳴ったということは――
「黎くんの身に何かが起こったようです」
ウカがいないときにこんなことになるなんて、と理不尽な怒りが込み上げそうになった。だが、その怒りも抑え込み、努めて冷静に対処しなければならなかった。
「……手伝う?」
「うん! 助かります!」
だからこそ、屋蜘蛛の提案はありがたかった。緊急事態にもかかわらず、ミサキは弾けるような笑顔を見せた。




