第6話「今田将校と最初の魔法少女 その3」
海軍・横須賀基地。
「『四万十』『猿島』『江ノ島』『城ヶ島』、帰投しました」
「おう!損傷の激しい『江ノ島』、『城ヶ島』からドック入りと聞いている……ところで今田大尉、こんな場所に女連れは感心せんな」
「違いますよ。詳しくは軍機になるので話せませんが、『保護』しているのです」
さすがに19歳で軍人ばかりが出入りする小料理屋を手伝っていたヨネにとっても、ここまで男ばかりの環境は気後れするらしく、今田大尉の後ろに隠れている。
当直士官に引き継ぎを終えると用意された車で霞ヶ関にある海軍省に直行せよとの命令であった。
「……そうか。ところで今田、わざわざ俺に声をかけたと言う事は何かあるのだろう?」
声をかけた米岡誠一少尉は今田大尉と士官学校での同期であった。今田大尉が言いやすいように階級を除いて『今田』と言った。
「話が早くて助かる。一つ頼みがある。奥方を少し貸してくれないか?」
「どういう事だ?」
「彼女、船室が機銃掃射で滅茶苦茶になっていてな、とてもじゃないが海軍省にこの格好で。とはいかんだろう?」
ヨネが自分の格好を改めて見る。確かにところどころ破れたり、モンペは錆で汚れていた。
「そんな頼みか。これから、電話で伝えておくから、行くといい。『今田が若い女を連れ込む』ってな!」
その冗談にヨネが今田大尉を睨む。
「米岡!」
「ガハハ!お嬢さん、今田が女連れなのが珍しくて、悪かったな」
ヨネは呆れたように小さく息をついた。
♦︎♦︎♦︎
「今田さん。いらっしゃい」
妙齢の女性が今田大尉とヨネを出迎える。
「キヌ子さん、すいません。お世話になります」
今田大尉が頭を下げる。
「ふふ、いいのよ。それよりこの子ね?」
「はい」
「上田ヨネと言います」
ヨネも頭を下げた。
「大変だったわね。さあ、お風呂を沸かしてあるから、まずは温まってらっしゃい」
キヌ子がおっとりと笑って言った。
「それから、衣類も妹がサナトリウムに入って着てないのがあるからそれを貸すわ」
米岡は入婿だった。そのため米岡夫婦が暮らしているのは、キヌ子の実家である。
横須賀基地から歩いて10分。今田大尉も士官学校卒業以来、何度か酒に潰れて世話になった家だった。
「キヌ子さん、助かりました。昨今は衣類も配給制ですからね」
「ふふ、いいのよ。それとこっちの風呂敷にも数枚、普段着と寝巻きを入れておいたわ。多分、妹は帰らないだろうから返さなくていいわ」
何度となく話しているキヌ子に今田大尉は初めて影を見た。
こうして着替えを終えて、今田大尉とヨネは海軍省へ向けて車に乗り込んだ。
♦︎♦︎♦︎
東京府東京市麹町区霞ヶ関、海軍省。
海軍軍人、しかも士官学校卒業生である今田大尉でも、この場所に来るのは両手の指で収まる程度であった。
赤煉瓦の庁舎を前に車がゆっくりと停まる。夕方にも関わらず、正面玄関では軍服や背広の男達が忙しなく行き交い、衛兵が直立不動で敬礼を送っていた。
「今田大尉。お待ちしておりました」
建物に入った瞬間、見知った顔から声をかけられる。中学・士官学校の1つ後輩で、縄田和宏だった。
「お、縄田……中尉……でよかったか?久しぶりだな」
「くくっ……正解ですよ。大尉殿。それでこの子が報告のあった?」
「ああ、上田ヨネ君だ」
縄田はヨネの方へ向き直ると、先ほどまでの砕けた笑みを少しだけ和らげた。
「海軍中尉、縄田和宏です。今田先輩とは古い付き合いです。見た目ほど怖い人ではありませんから、安心してください」
そう敬礼して自己紹介した。
「余計なことは言わんでいい!」
そう言う今田大尉を流して、縄田中尉が今後の予定を話しだした。
「今田大尉から先に面談したいとのことです。その間、ヨネさんにはこちらの用意した部屋でお待ちいただく事になります。遅くなるので夕食も用意させていただきます」
ヨネが少し不安そうに今田大尉を見た。
「縄田中尉、ヨネ君の面談は私が立ち会ってもいいだろうか?」
「構いませんよ。と言うか、元よりその予定です」
「だ、そうだ。少々、待っていてくれ」
コクンとヨネがうなづいた。
『小会議室』
そう書かれている部屋だったが、『四万十』の艦橋よりも広い部屋だった。
「失礼しますーー!」
思わず驚きで声が出そうになる。
入室すると、奥に据えられた長机には制服姿の将官と背広姿の文官が5人並んでいた。
中央では、一人の初老の男が自前の手帳に万年筆を走らせていた。嶋田繁太郎海軍大臣だった。
「今田大尉。賀東島撤退戦、それから間をおかずの民間船護衛しながらの横須賀帰投。ご苦労であった」
労いの言葉から面談は始まる。
声を上げたのは嶋田大臣の横に座る、滝本典雄海軍次官だった。
つまりはこの小会議室には海軍のナンバー1・2が揃っていた。
「まずは戦闘開始前に民間船『藤枝丸』内の医務室で民間人が化け物に変わった。その後、敵機の機銃掃射でそれが一掃された、間違いないか?」
「いえ、1つだけ。1体……上田ヨネ君の母親だったものは上田ヨネ君自身が倒しました」
面談は基本的に滝本次官が質問し、今田大尉が答える。たまに横の司令部員が質問する事もあったが、概ねその流れで1時間程進んだ。
その間、嶋田大臣は一言も発せず、万年筆を走らせるだけだった。
「最後に聞きたい。黒い球は回収しているのだな?」
「はい。こちらに持参しています。全部で18個。残る2つはヨネ君が両親の形見として持っています」
そう言って、巾着袋を出す。中から黒いガラス球が覗く。
この袋はキヌ子に借りたものだった。
「よろしい。これは『魔石』だな。上田ヨネ君は『魔女』いや、年齢的に『魔法少女』か」
滝本次官の言葉に今田大尉が質問する。
「この現象の答えをご存知なのですか?」
「いや、詳しくはわからん。今田大尉は英語が堪能だったな?ならばこれを読んで待て」
渡されたのは3枚の紙。1番上に『機密』と朱印が押されている。
「日露戦争の少し前、我が国が『連合王国』と同盟を結んだ直後に、現地へ観戦武官として派遣された将校の報告書だ」
5人の上層部が退室し、小会議室に今田大尉だけが残される。
机の上に置かれた3枚の紙。
一番上には朱で大きく『機密』。
その下に英文の題名だけが記されていた。
『“Witch” and “Magical girl”』




