第5話「今田将校と最初の魔法少女 その2」
『四万十』出航当日。『自由の国』南太平洋方面軍・前線航空基地。
「潜水艦『ミルキーウェイ』より入電! 敵船団を発見しました!」
作戦室の海図へ新たな航跡が書き込まれる。
「暗号解読の内容と一致します。軽巡『シマント』を旗艦とする船団です。病院船1隻、民間輸送船1隻を伴っています」
「ガトーアイランド沖で暴れ回った艦隊だな?」
「はい。戦艦『ニューディール』を撃沈した『シマント』で間違いありません」
作戦参謀は即座に命じた。
「雷撃隊を出す。明朝――」
「待ちなさい」
静かな一言だった。
だが、その場の全員が口を閉じた。
入口に立っていたのは、本日付でこの基地へ着任した新司令官、グラント少将だった。
「ごきげんよう、皆さん。今日からこの基地は私が預かるわ」
独特の口調とは裏腹に、その視線は鋭い。
海図の前まで歩くと、グラント少将は『シマント』の位置へ指を置いた。
「攻撃には賛成。でも雷撃は却下よ。」
「少将、理由を伺っても?」
「魚雷は来月使うの」
作戦室が静まり返る。
「詳細は軍機。でも、この方面で大きなお仕事が待っているわ。だから一本でも多く残しておきたいの」
参謀たちは互いに顔を見合わせた。
「ですが、魚雷なしでは巡洋艦を沈めるのは――」
「だから頭を使うのよ」
グラント少将は微笑んだ。
「報告では『シマント』は中破。護衛艦も損傷艦が混じる。対空能力は万全じゃない」
海図の上を指が滑る。
「12機出撃。まず機銃掃射で甲板を制圧。これで生き残った対空防御は虫の息よ。その後、『スキップ・ボム』を試すわ」
「新戦術ですか?」
「ええ。魚雷がなくても沈められるなら、その方がお財布にも優しいでしょう?」
誰も笑わなかった。
グラント少将が冗談めかして言う時ほど、本気であることを、この基地の士官たちはすでに理解していた。
「攻撃は明日の昼過ぎ。トリップ泊地から十分離れたところで仕掛けるわ」
部屋を見渡し、最後に一言だけ付け加える。
「さあ、お仕事の時間よ!」
♦︎♦︎♦︎
藤枝丸船内。
船内にけたたましい金属音が響く。
今田大尉は即座に機銃掃射だと理解する。
「伏せろ!」
ヨネを押し倒すように覆いかぶさる。
だが、ヨネは見てしまう。
自分の父親だったものが毛むくじゃらの怪物に変わり、それが敵機の攻撃によって貫かれる姿を。
不思議な事に死体は残らず、1cm程のガラス玉のようなものに変わる。攻撃で船がジグザグに動いているからか、船が傾き、ヨネの方に転がってきた。
ヨネはそれを手に取る。
ーーその瞬間、何かが変わった。
男である今田大尉を簡単に押し退け、母親の方を見る。最後に見た時には怪物に変わる途中だった。僅かに残ったモンペの切れ端でその1体が母親だったものとわかる。
「お母さん!」
ヨネが叫ぶ。
だが、母親だったものは黒い火球のようなものをヨネに向けて出す。
ヨネはそれを通路にへばりつくようにかわす。
怪物は今度は直接殴りかかる。
ヨネの腹にあたり、ヨネの口から空気が漏れる。
だがーー
「お母さん!ごめんなさい!」
言いながらヨネは反撃する。華奢な身体のどこにそんな力があるのか、殴られた怪物は反対側の壁に叩きつけられる。ヨネは追い討ちをかけるために武器を手にする。と言っても、怪物が大きくなったせいで壊れた椅子だったのであろう鉄パイプだ。30cm程と短い。
それを振り下ろし、怪物の頭部にあたる。
その瞬間、怪物はヨネが手にしたものと同じガラス玉に変わる。
今田大尉はそれを見ている事しかできなかった。
「ヨネ君、大丈夫か?」
ヨネは目に涙を浮かべていた。
「……はい」
「何が起こった?」
「わかりません。でもこの石を手にした瞬間、身体に力が湧いて来ました」
医務室を見回す。敵の機銃掃射によって、怪物は倒され、ヨネの母親が最後の怪物のようだった。怪物が暴れ回ったせいか机はくの字に割れ、窓は無数の穴が空いている。床にはいくつも黒いガラス玉が転がっている。
「え?」
戸惑うようなヨネの声に今田大尉が振り向く。
ヨネの身体が浮いている。
「ヨネ君!?」
今田大尉もそれを見て驚く。
「これなら、お父さんとお母さんの仇!」
そのままヨネが甲板への階段がある方へ飛んでいく。今田大尉はそれを追いかける。
甲板に上がると、ヨネが敵機に襲いかかっていた。先程手にしていた鉄パイプではなく、甲板の手すりだったであろう太く長い鉄パイプを手に持ち、敵機の翼を突き刺した。
敵機はバランスを崩したようにきりもみしながら落下していく。
今田大尉は周囲を見渡す。対空戦ができるのは操舵の壊れた『江ノ島』だけだ。今も撃ち続けているが、戦果は乏しい。明らかに敵機は距離をとって他の艦を狙っている。
「何だ?」
敵機が編隊飛行に移る。右舷方向に十数機が線を書くように並んでいる。
「雷撃か?」
今田大尉が疑問をつぶやく。しかし、自分の頭がそれを否定する。それなら初回攻撃で行っているはずだと。そうすれば、討ち漏らしを機銃掃射で片付ければいい。
敵機が編隊飛行のままこちらへ向かう。
「ヨネ君!」
今田大尉がヨネを呼ぶ。編隊飛行による機銃掃射なら、ヨネだけでも上空に残し、そこから下降で数機は落とせると思ったからだ。
だが、敵機は急上昇した。水面を見ると何かがこちらに向かって来る。
あれはおそらくーー
「ヨネ君!あれは爆弾だ。船に当たると爆発する!」
いつしか横にいたヨネにもそれが見えたのだろう。
「わかった!何とかしてみる!」
ヨネが機銃掃射で破壊された甲板の鉄くずを集める。結構な重量だろうが軽々と持ち上げて飛んだ。
「『加速』!」
おそらく窓枠の一部だったものが真っ直ぐに爆弾へ向かう。信じられない速度だった。
成功を示すように50m程先で水柱が上がる。
今度は次々に船の残骸を落下させたか思うと、別々にそれらが飛んでいき、一斉に水柱が上がる。
そのせいで一瞬、駆逐艦・城ヶ島は大きく艦が傾いた。
ヨネはなおも止まらない。
今度は残骸を上昇させた。
砲弾と化した残骸が敵機に襲いかかる。
あまりの加速に一部の鉄くずは紅く発光さえしている。それが逃惑う敵機を1機、また1機と撃墜していき、レシプロ音が聞こえなくなった。
それを見届けたヨネがゆっくりと飛んで戻ってきた。
「終わったよ」
宿題を終えたような手軽さでヨネが言う。
「まだだ。おそらく、戦果観測で潜水艦が近くにいる。見逃せば執拗に追われるかもしれない!」
今田大尉がそう言った。
「わかった」
そう短く言って、ヨネが再び飛び立つ。今度は高く、艦隊を見下ろすように。鎖の切れた錨を肩に担いでいる。まるで死神の鎌だ。
ヨネの目にそれは巨大な影として映った。
潜望鏡だけを海面から露出させた潜水艦だった。
「停船するなら、コレだよね!『加速』!」
ヨネが投げ落とし、魔法と重力加速まで加わった錨はオレンジ色の隕石のように水柱を上げた。
数秒。
更に大きい水柱が上がり、真っ二つに折れた潜水艦が浮上し、また沈んでいった。
♦︎♦︎♦︎
『自由の国』南太平洋方面軍・前線航空基地。
「友軍のレーダー反応、消失!」
「『シマント』を含む艦隊は健在。ただし速度は落ちています」
「潜水艦『ミルキーウェイ』、無線反応ありません」
「少将!今なら『シマント』を沈められます!追撃を!」
報告を腕を組んで聞いていたグラント少将は
「黙りなさい!」
と一喝した。
「攻撃機を12機と潜水艦まで投入して、戦果を得られなかった。これは結果よ。メカニックの腕が優秀で対空防御が修繕済みだったのか、我々の知らない兵器があったのかわからない。そんな状況で追撃なんて、愚者のする事だわ」
作戦室から、誰の反論も上がらなかった。




