第4話「今田将校と最初の魔法少女」
8ヶ月前、昭和18年2月。南太平洋トリップ環礁、連合艦隊トリップ泊地。
「木村!よくやった!熟練兵1万を救えたのは大きい!」
連合艦隊司令長官の山本五十六は珍しく盃を重ねていた。元々、酒に弱いことは海軍中に知られている。その山本が、空になった盃を黙って差し出す。その心境は共に飲む木村福助第1水雷戦隊司令官にも伝わっていた。
「……珍しいですね」
眠り込んだ山本長官を見て、副官である今田大尉がそうつぶやいた。
「賀東島は勝った戦じゃない。だから大っぴらには褒められん」
前年、『自由の国』と『余白の国』を分断する目的で賀東島に飛行場を建設した。
だが、完成したその月のうちに『自由の国』は設営隊の10倍以上の戦力でこれを占拠。
更にそれを奪回するために日本側も戦力投入を続け、泥沼化した。
先週、そこからの撤退を指揮し、賀東島に残った上陸部隊1万を回収したのが木村福助少将率いる第1水雷戦隊だった。
「1万は救えた。だが、その何倍散った?人員も艦も!」
木村少将も山本長官同様に酔っていた。
「ですが、我々には勝利を目指すほかありません」
「そうだ。だが、正直、喧嘩する相手を間違えたように思えるよ」
「何か、戦局を覆せる兵器でもあればいいのですがね」
「ないな。だから最後の1兵まで戦うしかないのだ」
眠った山本長官を置いて、2人は杯を傾ける。
「とりあえずは3日後ですね」
「ああ、今回の作戦で陽動にあたった軽巡・四万十と駆逐艦数隻はまともに戦えん」
「戦えないのに民間船の護衛任務付き。痺れますね」
その時、板場で静かに会話を流していた店の大将が口を開いた。
「木村少将なら頼もしい。ここ『小料理・綺星』も今日までなんです。本土に引き上げ命令が出されまして。嫁と娘も一緒に」
「ほう、大将と女将には世話になった。小破した艦ばかりだが、何とか送り届けてみせよう」
そう言って木村少将は豪快に笑った。
♦︎♦︎♦︎
3日後。
「病院船・水川丸、本艦との差が開きます。速力12ノットが限界な模様」
「後方の駆逐艦・猿島より入電!『機関不調のため全速12ノット以上不能』」
「機関減速、12ノット。すぐ後ろの商船・藤枝丸にも知らせろ!」
「了解」
艦橋に報告が飛び交う。
「横須賀まで最短7日程度、と言ったところですね。この四万十だけなら4日程度ですが」
「10日だな。対潜・対空を考えると最短よりもやや西に進路を取ろう」
副官である今田大尉のため息混じりの言葉に、木村少将がそう返した。
「砲術科、各砲座の点検は明るいうちに済ませろ。直せるものは今のうちに直しておけ。航海科は進路上の天候と波浪を予測しておけ。猿島は機関故障、江の島は操舵不良だからな!」
木村少将の指示が艦橋に飛ぶ。
さらに、隣の今田だけに聞こえるようにつぶやく。
「これは勘だが……どこかで来るぞ」
「……やめてくださいよ。少将がそう言う時は、本当に来るんですから」
やはり、ため息混じりに今田大尉が言った。
ーーその2日後の昼過ぎ。
「本当か?」
「間違いありません、このまま西寄りに進路を取れば明日は低気圧の中を航行しなければなりません。推定風速15m。台風並みです」
「ワグム島基地も西側は荒天だと連絡が入っています」
「だが東よりに進路を取れば、相手の機動部隊の索敵圏にひっかかるぞ」
数十秒、木村少将が腕を組んで考えた。
「進路0-2-0。ワグム基地の東側に進路を取る。荒天では商船も破損艦も危うい。
今田大尉、藤枝丸側への連絡を頼む」
木村少将は余計な説明をしない。商船の船長との調整、避難民の様子、船団全体の状態――今田大尉には、確認すべきことが分かっていた。
「了解」
艦橋からすぐに下へ降りて、内火艇へ向かった。
♦︎♦︎♦︎
「ーーと、いう訳でワグム基地の東側に進路を切り替えます」
今田大尉の説明に白髪だらけの老船長は笑顔でうなづいた。
「こちらへの配慮、ありがたい事です。ただでさえ、複数人がすでに船酔いで医務室にいるのを考えると大変助かります」
簡単な連絡だが、今田大尉の仕事はこれだけではない。
「艦内を少し見させていただきます」
「どうぞ、ご自由に。あ!左舷後方は婦女子が身体を清める場になってますので、そこだけご遠慮ください」
その言葉を了承し、操舵室を後にする。
甲板では子供達がかくれんぼをしている。
それを見守るために、母親達が井戸端会議に興じている。男性は見ない。少なくとも小料理屋の大将はいるはずだが、と今田大尉は考えながら船室のある下へ階段で降りる。
民間の商船とあって、壁は薄い。これでは魚雷1発で大破してしまうと鋼板を見ながら思う。それでも通路ごとに複数枚の防水扉がある。閉めれば浸水はある程度食い止められるか?と思考を流していたら、見知った顔に出くわした。
上田ヨネ。
小料理屋の大将の子で看板娘として若い兵士に人気だった娘である。
「今田大尉。どうしてこの船に?」
「君か。進路についての連絡業務だ。ワグム基地の西側に低気圧があって、時化ている」
このくらいは軍機にならない。
そう判断して口を開いた。
「大将……ではないか。お父さんはどうした?」
「実は昨晩、店で残った酒を男性陣で飲んで、2日酔いを船酔いと勘違いされたようで、今は医務室です」
呆れたようにヨネが言った。
「けれど、おかしいんです。10人以上男の人はいて、1升瓶2本だから、1人当たりそこまで量はないはずなんです。けれど殆どが医務室に運ばれました」
食中毒の可能性もある。何か事件性があるならば、艦の航行にも影響する。そう考えて、今田は医務室を見ておく事にした。
「すまないが、せっかくこの船に乗ったんだ。お父さんに顔ぐらい見せておくよ。案内してくれるかい?」
そう言って2人で歩き出す。と言っても、艦首から後方へと1分以下の移動だった。
医務室は、甲板で見かけなかった男たちで埋まっていた。床に敷かれた毛布の上に、大将も横たわっている。
その傍らには女将が座っていた。だが、看病しているようには見えない。壁にもたれ、ひどく青ざめている。
「お母さん?」
ヨネが駆け寄ろうとした、その時だった。
男が突然、上体を起こした。
咳き込んでいるのかと思った。だが、喉から漏れた音は人のものではない。骨が鳴り、肩幅が膨れ、着物の背が裂けていく。露出した皮膚を黒い体毛が覆い、男の頭が天井近くまで持ち上がった。
「何よ?これ……」
ヨネが絶句して立ち尽くす。
今田大尉は反射的に腰へ手を伸ばした。
だが、そこに拳銃はなかった。
さらに事態は悪化する。
『ただいま護衛艦より、敵機接近と報告がありました。全員、船室への移動をお願いします』
スピーカーから流れたのは、先程操舵室で話した田中という老船長の声だった。
非常ベルが鳴り響く。
その音に反応したように、床に寝かされていた男たちが一斉に身をよじった。
全員が怪物へと変化していく。
ヨネの両親を含めてだ。
「お父さん!お母さん!」
ヨネの叫びが、非常ベルをかき消すように船内へ響いた。




