第3話「撫子少女訓練小隊」
基地の入り口はどこも同じだと思う。
ここも宇佐も門の前に兵隊が立っている。
緑の服を着た数人が門の前で列を作っている。私と同じ色の紙を見せ、門を通った先のトラックに乗っていく。
ここでこの紙を見せれば宇佐に帰れるはず。
少なくとも明日には汽車に乗れるとこの時まで考えていた。
いつしか列はなくなり、私は門の兵隊に紙を見せる。すぐに門の脇にある、詰め所から少し年配の兵隊が出てきた。
「事情はわかった。少し待て」
そう言われて門の前で立っていると、先程のトラックではない自動車が門の前で止まる。
「北原理恵さんで間違いないか?」
お父さんよりは兄に近いぐらいの年齢の兵隊だった。ここまでの旅の疲れでうまく声が出ず、頭をコクコクと上下に振った。
「俺は今田幸次郎だ。階級は少佐」
そう自己紹介された。
「九州から長旅で疲れただろう、とりあえず乗りなさい。基地で話そう」
そう言って今田さんは助手席のドアを開けてくれた。宇佐でも基地の中で話したのを思い出して、背負っていた風呂敷を下ろして抱え、自動車に乗った。
今田さんの運転でゆっくりと自動車が動き出す。
他の兵隊を乗せたトラックはまっすぐ走ったが、この自動車は門から右手に敷地に沿うように走った。
程なく、大きな水面が見えてきた。
「霞ヶ浦と言う。我が国で2番目に大きい湖だ」
今田さんがそう説明した。
私には海としか思えなかった。
「腹は減っているか?」
どう答えたものかと思った。
本当はお腹が空いていた。道中は駅弁も混ぜ物ばかりで、固くなった麦や粟を水道の水で流し込んできた。
でも、少佐に「腹が減りました」と答えていいものなのか分からなかった。
「正直に言おう。書類仕事が長引いて、昼飯がまだなんだ。北原さんの件を片付けると昼飯抜きになってしまう。だから、付き合ってもらえるとありがたい」
そう言われたら、断るのも悪い気がする。
「わかりました」
そう答えたら、それが合図だったように尋常小学校みたいな建物が見えてきた。
「あそこが基地だ。元・学校だがな」
運動場だったと思われる場所に自動車を停めて、今田さんは建物の中に入って行く。私も遅れないよう早足でついて行く。
「おばさん、この子にも追加で!」
建物に入って靴を脱ぎ、右に曲がるとすぐに食堂があった。今田さんが奥の調理の人に言った。
「お、今日はカレーだったか!」
「ご飯に煮物をかけるのですか?」
「ははは、これは『カレー』と言う。ここでは金曜にこのカレーを食べる習慣があるんだ。美味いぞ。少し辛いが」
そう言って、今田さんは匙でご飯とカレーをすくい、一口食べた。
私も真似して食べる。辛い。でも、美味しい。すぐに匙で次をすくった。
「おばさん2人で回しているから、最初からカレーがかけてあるのが、この基地流だな。船によっても少し味が違うんだ。ここのは少し甘い」
私よりも先に食べ終えた今田さんが口を開く。
「食べながらでいい。聞いてくれ。ここに来る事になった赤紙な。間違いじゃないんだ。騙しうちはしたくないから先に言う。これを食べ終えたら『試験』だ。合格ならこのままここで生活する。不合格なら宇佐に帰れる」
そこで今田さんは立ち上がった。
お盆と皿は自分で返す決まりらしい。
「それでも、カレーはゆっくり味わって食べたらいい。ここを出て正面が俺の部屋だ。食べ終えたら来るように」
突然の言葉にどうしたらいいかわからない。
でも、今田さんは『不合格なら宇佐に帰れる』と言った。一体、どんな試験だろう?
その時、あるものに気づいた。今田さんがカレーを食べていた、私の向かいの席に忘れものがあった。黒い小さな石が嵌った指輪だった。
今田さんのものだろうか?思わずそれを手に取る。
その瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。
身体の奥で、何かが弾けた。長旅で重かった手足から、嘘のように疲れが消えていく。
静かに、私の身体が別のものへ書き換わっていく。
そして、なぜか分かった。
――これが、試験なのだ。
お盆とお皿を所定の位置に置き、今田さんの部屋の前に着く。多分、食堂は職員室で今田さんの部屋は校長室だったのだろう。
ドアをノックした。いや、ノックしたつもりだった。だが、拳が板戸を突き破り、腕が肘近くまでめり込んだ。
「その様子だと、試験は合格だな」
苦笑気味に今田さんが言った。
「ようこそ、『撫子少女訓練小隊』へ」
どういう事か分からず、黙ってその場に立っていた。
「君が拾った指輪は『魔石』が嵌っている。先程言った『試験』とはそれに触れる事だ。『適格者』なら、たちまち身体機能が強化される。今の君の様にね」
指輪を拾った時にぼんやりと思った事が現実になる。これで宇佐に帰れる事はなくなった。
でも、帰っても剛さんはもういない。
ただ、毎日、神宮の境内を掃くだけだ。
変化なんて案外、こんなものかもしれない。
♦︎♦︎♦︎
「上田中尉。新入りだ」
今田さんが電話をかけ、しばらくして入って来た女の人に言う。20歳ぐらいだろうか?目つきの鋭い人だった。
「挨拶」
今田少佐に短くそう言われて、ハッとする。
「本日より配属になりました、北原理恵です。お願いします」
私の言葉にその女の人は言う。
「『撫子少女訓練小隊』小隊長の上田ヨネ、戦時特務中尉よ。よろしく」
それを見届けた今田さんが言った。
「しばらくは上田中尉が面倒を見てやってくれ。先月、怪我をした秋月二等水兵の補充だ」
こうして私の『撫子少女訓練小隊』での生活が始まった。




