第181話「テロVSテロ (後編)」
「それでは教えてもらおうか?なぜ日本がテロを起こしたか」
ポーター長官が椅子に腰を下ろす。傍らに置いたコーヒーに口をつけるがとっくに冷めていた。
「それを理解してもらうには歴史の授業が必要になるわね」
ゆりあが思い出したようにポケットから缶を2つ取り出し、1つをポーターに渡す。
ラベルからブラックコーヒーだとわかる。プルタブを上げると僅かにコーヒーの香りが漂った。
「エマ=ブラウン。彼女がかつて『ファシストの国』を率いていた時、欧州での勢力拡大に『自由の国』は『モンロー主義』を貫いた。結果として、ファシストの国は欧州大陸をほぼ手中に収めた」
「だが、何もしなかったわけじゃない。ラストベルト大統領は連合王国への武器供与を続けていた。それでも参戦する大義名分はなかった」
「ええ。ただ、ここで大事なのは『自由の国』が動けない状況だったってことよ。つまり、これから先、何か起こっても『自由の国』には手を出して欲しくないのよ彼女達は」
その時だった、スピーカーから音声通信が入る。
『日本国魔法少女AからCチーム、現着しました』
「SNSが止まってる今が勝負よ。広域精神感応で『分断』を解除して」
『Aチーム了解。東部を担当します』
残るBチームが中部、Cチームが西部を担当するらしい。
「SNSを止めて目的達成ではないのか?」
「SNSの停止はあくまで止血よ。怪我を治さないといつでも出血してしまうわ」
ゆりあも缶コーヒーに口をつける。
「話が逸れたわね。エマ=ブラウンら『20世紀からの使者』は自由の国を停止させるために中間選挙を利用した。具体的にはSNSを使い、この国に元からあった『分断』を深刻化させた。もしここでSNSを止めなければ、更に分断は進み第2の南北戦争になったかもしれない。そうならなくても、この国は海外に目を向けるどころではなくなる。それが『20世紀からの使者』のテロの目的の1つよ」
今度はオペレーターから報告が入る。
「中央部、サバダ州ローズウェル大学体育館開票所。両党支持者が引き上げていきます。どうやら日本の魔法少女の広域精神感応が成功した模様です」
冷静になるべきその声に安堵が混じる。
それを耳にしながら、ポーターは続ける。
「『20世紀からの使者』の目的についてはわかった。それでSNSを止める理由も。だがそれならSNSだけ停止すれば良かったのではないか?」
「その質問には私が答えます」
CIF・サイバー部門統括責任者のリチャード=キングだった。
「そうね。身内の説明の方が好きに聞けるでしょう。私も現場に少し指示を出したいし」
そう言って、ゆりあは少し離れたところでスマホを取り出して通話を始めた。
「まず、『Z』。旧『Blue Bird』ですが、通常の手段では止まりません。確認できているだけで国内20ヵ所、国外10ヵ所のデータセンターが存在します。互いにバックアップを取り合っているため、一部が停止してもサービス全体にはほとんど影響がありません。この世界で、意図的に全サービスを止められる人物は1人しかいません」
「CEOの彼だな。なら、彼に直接要請すれば済む話ではないか?」
「それは不可能でしょう。中間選挙の真っ最中に大統領のアカウントや候補者達のアカウントも存在するのです。クリスマス1週間前に全デパートに営業停止命令を出すようなものです。だから日本側は『彼』に止める判断をさせたのです」
あのCEOは現政権とも距離が近い。確かに停止は困難を極めるだろうとポーターは納得する。
「それでどうやれば、そのデパートはクリスマス目前に休業しようと思うのだ?」
「それはフェイズ1、本土全域での停電。フェイズ2、モバイル各社の停止。この2つが連動した時に起こります」
そう言って、ポーターは自分のデスクからタブレットを持って来る。
「順を追って説明します。まずフェイズ1の全域停電。この時、ここリングレーの本部と同じく、『Z』のデータセンターは一瞬の停止すらなく、UPS(無停電電源装置)が作動し、1分後にはディーゼル自家発電が作動したでしょう。その証拠に停電中も投稿数は伸びています」
確かに、ここもオレンジ色の非常灯の中でも、システムはそのまま作動していたとポーターは思い返す。更に「選挙から停電のトピックが上回りました」と報告を受け、民衆の関心をそちらに逸らすのが目的か?と考えた事もあった。
「この時に重要なのが、復旧には優先順位があることです。病院や政府機関、軍事基地が優先され、『Z』のような民間データセンターは後回しにされる。私が『ナイル』でSEをしていた頃、ハリケーン『カトリイーネ』の停電でも同じでした」
リチャードはタブレット上の図を切り替えた。
「復旧まで長引くと判断すれば、運営側は自家発電だけに頼り続けません。燃料にも限界があるし、長時間の非常運転は設備そのものを傷める。だから国内データセンターの処理とデータを、電力の安定している国外拠点へ退避させます」
画面上で、国内の複数拠点から国外のデータセンターへ矢印が伸びていく。
「つまりフェイズ1の目的は、『Z』を止めることではありません。国内拠点を非常運転へ追い込み、処理の重心を国外へ移させることです。さらに『Z』のエンジニアにとって幸いだったのが、同じく停電でモバイル各社が停止した事です。これにより作業はさぞかしはかどった事でしょう」
「それがフェイズ2の目的か?」
「いえ、もう1つ。国内20ヵ所で分散していた処理が、国外10ヵ所へ集約された状態で、大手4社がほぼ同時に復旧した。その結果、通常を大きく上回るアクセスが一斉に流れ込み、CEOとしては全体障害を避けるためサービス停止を選ばざるを得なかったのです」
なるほどと思うと同時に、これほどの工作を人間が数時間でできるものかと別の疑問がポーターに湧いた。
その疑問が顔色として出ていたのか別の分析官がこちらに来る。市場・経済担当のケイシー=カッシュだ。リチャードと同じく異業種からの転職組である。彼女はブロンドのウェーブの髪を靡かせてポーターに近づく。
「私から補足説明させていただきます。ポーター長官が長官になる前の今年2月、主要電力会社とモバイル4社の大株主が変わりました。前株主は『ホワイト・ロック』。言うまでもなく世界最大の資産運用会社でした。それが連合王国領、チェリー諸島のヘッジファンドに変更されています。こちらの実質的経営者が佐藤ゆりあ大臣と推察されます」
「はぁ?」
ポーターはあまりの事に理解が追いつかない。
「詳しい経緯は前長官時代に提出したレポートを読んでいただければ幸いです。ただし彼女は今もタックスヘイブンでペーパーカンパニーのヘッジファンドを運営し、主要電力・モバイル・鉄道では事実上、拒否権を行使できる30%前後の株式を保有しています。そして、彼女の息のかかった役員が数名ずつそれらにいる。これがここまでスピーディーに停電・モバイル網の停止ができた理由だと推定されます」
ケイシーが長い髪を撫でる。
「彼女のファンドの名前は『Which hazel』です。多分、『魔女』を指す『Witch』を意図的に外したのでしょう。」
その説明を聞き終えて、ポーターはようやく理解した。
東アジア担当分析官として、佐藤ゆりあのことは知っているつもりだった。
しかし、それは国会議員や大臣としての彼女しか見ていなかった。
自由の国のインフラ企業の株式を押さえ、金融を動かし、必要とあらば魔法さえ使う。
――怪物だ。
ポーターはそう結論づけた。
自分の生活が、仕事が、あの地震で変化を余儀なくされました。そのため、創作・推敲に割ける時間がなくなってしまいます。
ここまで読んで下さった方には申し訳ありませんが、残り数話で更新を停止します。




