第173話「欠点と真意」
「それでは2回目を始めるぞ。スタート!」
残り時間15分。
風は北西2メートル。まずは二手に分かれる。追い風にならないよう、北東組と南西組へ。作戦通りだ。わたしとレーラ、ヨハンナが北東組だ。
エリアギリギリを告げる、アラートが鳴る。
元々は脱走防止用。許可なく学校から離れようとする生徒に警告する目的らしい。
その音が鳴らないギリギリ、ぐんぐんと上昇していく。
残り時間14分。
先生が動き出した。だが、ここからではよく見えない。それだけ距離が取れたのだと実感する。
『それじゃ、始めるぞ!なかなかアタマを使ったようだな。おそらく計算の得意な、クマロあたりの作戦だろうが、甘いな』
『テンペスト』から植村先生の声がする。クマロはズィーの本名だ。「ズィンレ=クマロ、発音しにくいなら『ズィー』って呼んで」初日の自己紹介の記憶が蘇る。
水面に豆粒のような影が一瞬映る。
『1人目・ヨハンナ=フーバー、アウト。欠点その1、スタート地点は円の中心。つまりは最初の1人目は平面ならどこでも1キロ以内だ』
残り時間12分。最初の計算違いが露呈した。
植村先生が動き出して1分。きっちり時速60キロ。ズィーの計測は正しかった。いや、そこから移動する事なく『テンペスト』で解説しているところを見るに、こちらの計算を見抜いているのかもしれない。だからこそ、ここで1分余計に使った。
しかし、こちらはあと4人。1人3分づつかかれば、ちょうどになる。捕まえるのに手間取れば、数秒の差で勝てると思っていた。
だが。
植村先生はそのまま上昇する。
そして、
『2人目、ヴァレリア=クズネツォヴァ、(レーラ)アウト。欠点、その2。ジグザグに捕まえさせて距離を取るつもりだったのだろうが、2人目より3人目のクズネツォヴァの方が近くなっている』
言われてハッとした。そうだ、計画では2人目は南西組のカイホウのはずだった。そこまで高低差を含めて3キロ。だがそのまま垂直に上昇すれば3人目のレーラまで2キロしかない。
残り時間10分の出来事である。
そして、それは、先生の次のターゲットがわたしになった事を意味していた。
『欠点、その3。ーー』
風を切り裂く音が聞こえ、植村先生が近づいてくる。『テンペスト』と生身の声が、ステレオのように重なった
「重力加速度が加われば、あたしはもっと速くなる。つまり、1番上にいるベルナールを捕まえれば、その後は降下しながら全員を追える。距離を取ろうが無意味だ!」
刹那。
「『Tranchant du vent』!」
わたしを捕まえようと手を伸ばしたその腕ごと、切断する勢いで風魔法を放つ。
「3人目ーーなッ!」
たまらず先生は身体をひねって躱わす。
そこへ、
「『Tranchant du vent』!」
今度こそ、大きく躱わす。できたスペースに、自分で放った風の刃を追いかけるようにわたしは落下していく。
「上等だ!あたしにスピード勝負を挑むとは!」
先生が追って来る。
だが。
「何故だ!スピードが同等だと?……そうか!スリップストリーム!」
聞いた事がある言葉だが、意味は知らない。だが、不思議な事に魔法の軌道の後を飛ぶとスピードが出るのは経験として知っている。さっき先生が言っていた、重力加速度を利用するために始めは垂直気味に、徐々に水面に平行になるように、そういう軌道を描くようにコントロールした風の刃を追っていく。まるで数学の反比例のグラフのように。
しかし。
「チェックメイトだ」
辿りついたのは校舎のある島から南東、1キロにある無人島。魔法が消え、スピードが落ちてそこで先生に捕まった。
「植村先生も、です。残り時間、あと2分。残り2人ですよ?」
呼吸がしづらいのは急激な気圧差のせいだろうか?言葉に詰まりつつ、伝える事は伝えた。
残ったズィーとカイホウの2人はわたし達と入れ替わるように遥か上空にいた。
「1つだけ教えろ。さっき上空で魔法を放ったのは作戦か?」
「いいえ。本当に怖かったんです。躱してくれて助かりました。腕を切ってしまうかと思いました」
「ははは!それでいい。頭のイイ奴とクレイジーな奴が戦った時、クレイジーな奴が勝つんだ。先が読めないからな」
そう締めて、『テンペスト』の液晶を操作した。
「ギブアップだ!全員スタート地点に集合!」
また、ステレオの声が響いた。
♦︎♦︎♦︎
「おめでとう。君達の勝利だ!」
ジャージの内ポケットがついているようで、そこから財布を取り出し、万札を5枚出した。
「ベルナール、受け取れ」
わたしに受け取るよう指示する。残った4人もわたしが受け取るのが当然。みたいな顔をしている。
受け取ろうと手を伸ばすと、わたしが届かない高さまで、ひょいと持ち上げた。
「ーーと、言いたいところだが、もう1回しないか?次は完全休養3日の1人3万だ!ただし、負ければ全部ナシだ!」
5人の顔がそれぞれ変わる。
「ふふっ、3日間もリアムのSNSを眺めていられるのね!ひょっとしたら、ライブカメラで通勤風景から見れる!幸せだわ!」
ヨハンナがもう勝ったつもりでそう言い。
「3万円……私の国、ヨネスバーグ郊外の家ならその金額が頭金になるか。あと半額は金利1.2%のローンとして……」
即座に人生設計を始めるズィー。
「みんな、やめておこうよ。今回は『たまたま』だよ!」
「そうだ。ここが引き際だと自分も思う」
レーラがみんなに言い、カイホウがそれに同意する。
「どうやら2対2だな?ベルナール、おまえで決まるぞ」
正直に言って先生を相手にもう1度スピード勝負をしたい気持ちもあった。スリップストリームというらしいあれは空気抵抗を抑える効果があるらしい。戻りながら先生が教えてくれた。
「やります!」
短くそう言ったわたしを、満足そうに植村先生がうなづく。
「決まりだな。15分、給水タイムだ。それから全員これを塗れ。日焼け止めだ。上空は11月とはいえ、紫外線が強いからな」
そう言って、今度はジャージのポケットからクリームのチューブを出した。
それをレーラに渡すとジャージの上着を脱いだ。植村先生の姿にギョッとする。
甲冑のガントレットのようなプロテクターを腕から手首までつけている。それを外すと、『ドッ』と重量感のある音と共に地面に落ちた。
「片方10キロある。これで今は60キロ台だ。まだ両足もあるからな。さすがにスピード勝負で互角はレーサーとして恥ずかしいからな」
わたしを獲物を狙う猛禽類のように見た。
結果は、惨敗だった。
わたし達は、1回目よりもさらに短い時間で、5人全員が捕まった。
♦︎♦︎♦︎
昼食を食べて午後。実技の時間。
「コルホネン。記録2100m。新記録だな」
高野先生がそう言ってノーラを褒めた。
「次、イネス=ベルナール」
「はい」
いつも通り最初は全力で魔法を撃ち、それを計測する時間だった。
「『Tranchant du vent』!」
計測しやすいように、水面に風の刃を当てる。
あれ?
いつもよりスピードも速いし、何より見えなくなった。ちなみに、昨日の記録は300mだった。
全員が初日にノーラの魔法を見たように驚いている。
「ベルナール。け、計測不能」
高野先生が冷静さを保とうとして少しだけ失敗した。
「大方、6キロといったところか……」
後ろからかけられた声に振り向くと、植村先生だった。
「あの鬼ごっこの最中、おまえは上空4キロから魔法を放った。ギリギリ、あの島に届くぐらいのね。直線距離で6キロ。ただし、おまえは弧を描くように飛んでいたから、もっとかもな」




